INTERVIEW

「スタートアップを3,000億のメガファンドへ、GUCCIを経てCRAZYを売上100億円企業へ。」

プロフィール
熊谷幹樹(Motoki Kumagai)
株式会社CRAZY CSO(最高戦略責任者)
投資信託会社にてアナリスト・ファンドマネージャーとして活躍後、同社取締役運用調査部長に就任。単一ファンドとしては日本最大規模にまで成長した。その後、イタリアブランドGUCCIでビジネスプラニング部門責任者として事業運営全般に携わり、2017年CRAZYへ参画。ペンシルバニア大学ウォートンスクールMBA取得。

森山和彦(Kazuhiko Moriyama)
株式会社CRAZY 代表取締役社長
前職の人材コンサルティング会社では、法人向けコンサルティング部門の事業責任者として、中小企業から大企業までの組織改革コンサルタントとしてトップセールスを記録する。6年半の勤務を経て2012年7月に株式会社CRAZYを創業。

創業間もないベンチャーに飛び込んで、経営に携わるまで。 

― 熊谷さんは、金融からラグジュアリーブランドを経てCRAZYということで、業界をまたいでキャリアを歩んでこられています。その歩みをお聞かせください。

熊谷幹樹(以下、熊谷):私が金融の世界に飛び込んだ2001年から今も変わりませんが、金融の世界はアングロサクソンの市場です。留学から戻った後に門を叩いたさわかみ投信は、そんな市場の中で「日本の金融がいつか世界の新しい軸になる日がくる」と謳っていた。私はさわかみ投信の創設者である澤上篤人さん(現在の取締役会長)の書籍にあったそんなメッセージに心を打たれて、創業間もないベンチャーに、ただ一人の新卒社員として入社しました(実際に人材募集はしておらず、飛び込みに近い状態で採用されている)。

2年目に入る頃にはアナリストチームに異動して、ゼロから金融の勉強を始めました。その後はアナリストの傍らファンド運用も担当するなど、ある意味で順調に仕事の幅を広げていきました。

さわかみ投信は、50億円・100億円・300億円と運用資産を拡大していったのですが、いよいよ1,000億円に到達したときに、「この会社を本当に世界レベルにするためには、自分が世界を知らなければいけない」と思うようになりました。というのも、私は大学を卒業してすぐに飛び込んだこの環境しか知らないわけです。より広い世界を知るためにMBAに挑戦しようと思ったんですよね。

そして、29歳のときにペンシルバニア大学ウォートン校に合格。2年間の留学生活を送りました。帰国後は、創業者を継ぐ次世代の経営陣をつくらなければと思い、私自身経営陣として新経営体制を構築し、評価制度やマーケティング方法の確立・会社運営方法の見直しなど、様々な体制を構築していきました。ただ2年ほど走る中で、既存の体制と新しい体制の歯車が合わなくなってきたんです。非常に難しい時期であり、経営を学んだ時期でもありました。結果自分を育ててくれたさわかみ投信を去ることに決めましたが、今でも自分の原点であり、感謝の気持ちは忘れません。

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またアメリカにいるときにリーマンショックを経験し、マーケットが崩れていくのをリアルに見たからこそ、手触りのある実業に興味が出ていました。さわかみを去ろうと決めた時期にちょうど、当時のGUCCI JapanのCEOからサポートをしてほしいとオファーがあったんです。実業をやりたいという気持ちと、さわかみ投信の次へいくタイミングがフィットし、GUCCI Japanに参画することを決めました。

世界的ブランドの事業進化を、経営サイドから主導する。 

― GUCCIではまさに、事業進化につながる様々な取り組みをされたそうですね。

熊谷:具体的には、店舗の生産性を上げるための目標設計・インセンティブ設計、オペレーションの改善に取り組みました。例えば、お客様が来店するトレンドに対して、70店舗以上・1,000名以上のスタッフの最適なシフト体制のシミュレーションを担いました。今では珍しくありませんが、お客さまの接客にiPhoneやiPadを導入したことも、当時では業界に先駆けた斬新な取り組みと言われました。世界で数千億規模の売り上げを誇る、歴史あるブランドが大きく変わっていくうねりの中で、トップマネジメントとして仕事に携われたことは非常に貴重な経験だったと思います。

― 影響力のある立場で確固たるブランドの改革。非常に効力感のあるお仕事をされている中で、なぜCRAZYに参画する展開になったのでしょうか。

熊谷:正直に言うと、最初はCRAZYのことは何も知らなかったんです。ある日、森山さんから突然メールをいただいたのが始まりですね(森山は、人材会社経由でメールを送付した)。CRAZYのホームページを初めて見て、「ヒューマンビジネスカンパニー」という言葉が非常に印象に残ったことと、CRAZY WEDDINGというユニークなビジネスを展開している会社だと知りました。私はいつか、日本のサービスが世界に出て行くタイミングがくるだろうと思っていました。車や精密機械はすでに日本から世界に出てその価値が認められてきましたが、これからは無形のモノ、あるいはコトだと。CRAZY WEDDINGというサービスは、その潮流に乗る、象徴的なものだと思いました。ビジネスとして面白さを秘めていると感じ、一度会ってみようとここ(CRAZYの本社)に来たんです。

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CRAZYとの突然の出会い。そこで感じた、「懐かしさ」と「驚き」。

― CRAZYの印象はどうでしたか。

熊谷:最初に出迎えてくれた吉田さん(採用責任者の吉田勇佑)の目を見た瞬間、「いい」と思いましたね。彼は、真っ直ぐに未来を信じて今を生きている目をしていたんです。同時に、なぜか「懐かしい」とも思ったんですよ。未来を信じてがむしゃらだった自分や、さわかみ投信での熱狂を思い出したのかもしれません。それから、森山さんにも驚きました。

― 驚いたとは、具体的にどういう意味でしょうか。

熊谷:「こんな経営者がいるんだ」という驚きです。投資信託時代、1,000名近くの経営者に会ってきたのですが。「ヒューマンとビジネス」「思いと数字」という相反するものを、どちらも得て進もうとしている人はそういない。簡単なことではないですが、向かい合って話す中でそれを体現していると感じました。

― ここで森山さんにも質問です。思いと数字、いずれも取りに行くことは、言うが易しですが、葛藤の連続なのではないかと推測します。実際はいかがですか。

森山和彦(以下、森山):そうですね。当たり前の話ですが、思いを尊重しすぎると、機能や論理だけで判断して進めないので、数字が上がるスピードは必然的に遅くなります。その前提で、思いを持ちながらスピードを上げて、ビジネスをスケールさせていく目標を立てています。これから5年間で、売上100億円。これは奇跡が起きないと不可能な領域なんです。スポーツの決勝戦のような状況を毎回戦い抜かなきゃいけない。ビジネス言語だけでつながっている集団ではない私たちが、紡ぎ上げてきたカルチャーを持ってチャレンジし続けたい。だからこそ誰も見たこともやったこともない結果をつくれるのではないかと思うんです。このチャレンジが、ビジネスの世界における象徴であれたらと思いますね。

― 再び熊谷さんに質問です。素晴らしい人と出会ったことと、そこで働く意志は必ずしもイコールにならないと思います。なぜCRAZYで働こうと思ったのでしょうか。

熊谷:面白いところに出会っちゃったなと思ったんですよね。働く人たちの魅力と経営者の描くビジョンへの共感、そしてビジネスとしての可能性。すべてが圧倒的だったということでしょうか。自分のキャリアとしては、独立する選択肢はもちろん、地元で事業を営む父親(熊谷の地元は新潟県新発田市。祖父も父親も事業家という一族)の跡を継ぐ選択もありますし、一緒に働かないかと声をいただくこともありました。何よりCRAZYと出会ったタイミングで、GUCCIに大きな不満はなかったんです。ただ、CRAZYと出会ったことで、突然GUCCIを去るタイミングが来てしまったという表現が正しいと思います。

熊谷幹樹の参画は、CRAZYが次のステージに進む象徴であり、これからの時代の新しい選択の象徴。

― CRAZY側から見た、熊谷さんとの出会いについて聞かせてください。

森山:CRAZYは、昨年7月に事業プランを発表しているんです。「この5年間で売上100億円を到達しよう」という数字の規模を追うことと、みんなのやりがいを満たすこと。その両立を必ずやりましょうと。そうなると、CRAZYを次の次元に連れて行ってくれる、事業をグロースさせる人が必要になることは明らかでした。戦略責任者を探す中で、幹樹さんの経歴にたどり着き、アプローチしました。最初は経歴しか知らなかったので、一緒に働きましょうと心が決まるまでは、15回は会いましたね。

― 15回ですか。

熊谷:個別の面談はもちろん、ランチをご馳走になりましたし(CRAZYでは健康に気を配ったランチを全員で食べるというカルチャーがある)、リーダー層全員とも会いました。私自身が香港でビジネスをしていることもあって、森山さんとは一緒に香港にも行きました。15回という面談は、全体のカルチャーに触れ、一人ひとりの人柄を知る時間になりました。ヒューマンビジネスカンパニーと謳うだけあって、感情が豊かで人間味あふれる人ばかり。若いメンバーが多いので、経験値やスキルセットはまだまだな部分もありますが、背景にある心の感受性が素晴らしく、ポジティブなショックを受けました。

― 熊谷さんのように新しいビジネスをつくれる人材は、すべての企業と取り合いになるでしょう。またCRAZYの場合は採用時に価値観や人間性を大切にしているので、マッチングが非常に難しいのではないかと思います。

森山:そうですね。ただ、例えポジションが高くて社会的影響力が強い仕事をしていても、本当にすごい人は心に鎧を着ることなく、自分の弱さも明らかにし、他者とつながることができると思っています。CRAZYではそういう人を求めていて。ビジネス言語だけで話したい人は、違う会社・組織の方がいい。ビジネス言語で話すことは、早くてやりやすいけれど、組織のつながりが直線的になるし、トップの判断が間違えればその組織は終わってしまう。非常に脆弱なんです。CRAZYは人間としてのつながりを大切にし、一人ひとりが考える組織でありたい。人間性のマッチングという意味では、ターゲットは狭いかもしれないけれど、数字だけでなく思いも大切にしたい人がCRAZYに出会ってくれたら、「ずば抜けて面白い」と思うはずです。幹樹さんがそうだったように。

― 熊谷さんが入社されてから約4か月。CRAZYに起こり始めた変化があれば、教えてください。

森山:経営のあり方が確立し始めたのは、幹樹さんが入ってからだと思います。そして何より、CRAZYにとって彼の入社は、100億企業/ビジネスグロースの象徴だと思いますね。こういう表現も変ですが、CRAZYは思いを起点にしてはいるけれど、思いだけで走ってきた訳ではない。これからもより一層、ビジネス最前線で活躍してきた人たちを迎え入れて、スケールアップするタイミングにきていると思います。また、幹樹さんのようないわゆるビジネスリーダーのキャリアチェンジは、これまでの価値観が揺らぎ、新たなあり方や価値を模索する時代の、ひとつの象徴的な選択だったと言われるんじゃないかとも思っています。

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森山:彼は「経験」をしていることが鍵なんです。創業間もないベンチャーに入り、3,000億まで成長させていく過程で、経営まで経験している。人間の脳は、初めてのことに挑戦するよりも、一度経験したことを再現する方が容易なんですよね。ビジネスがスケールする実際の感触を知っているので、CRAZYが100億を目指すと言っても、驚くこともなく「100億は達成するでしょう」と、シンプルに思える。これは、経験した人しかわからない感覚だと思います。一方で、私も「100億は確実にいく」と思っています。なぜなら、創業者としての信念だから。自分がやれると言ったらやれる、やれないと言ったらそこまで、そんな感覚です。「なぜ達成できるのか?」と聞かれたら、「ただそう信じている」としか答えられない。私は創業者として、信念を持って進む。そして、幹樹さんは経験者として、確信を持って進む。そうすれば、CRAZYが次のステージに進めないわけがない、そう思っています。そしてこれはあくまで通過点でしかありません。10年先、20年先を見据えて組織をつくっていくことが私の仕事だと思います。

(END)

インタビューを終えて
最も印象的だったのは、「創業者の信念」と「経験者の確信」についての話でした。企業が大きく成長する際のターニングポイントは、事業戦略の変更や増資など様々ありますが、やはり「人」。周囲から見たら現実的ではないような、ある意味で夢のようなビジョンを創業経営者は掲げる。そして、そのビジョンにロマンを感じながらも、経験者は実現可能な目標として受け取る。この組み合わせこそが、企業をグロースさせるのだと、森山さんと熊谷さんの会話を通じて感じました。

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※CRAZYは一緒に働く仲間を探しています

編集:水田 真綾 写真:小澤 彩聖

伊勢真穂
Maho Ise

リンクアンドモチベーションにおける約8年間の組織人事コンサルティング経験を経て、フリーランスとして活動中。組織変革の知識と現場経験を豊富に持つため、HR領域における取材依頼が多い。「Forbes JAPAN」や「HR2048」といったビジネス系メディアでの執筆を行う。

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