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INTERVIEW

シンギュラリティの時代に、人は、経営は、どうあるべきか

シンギュラリティの時代を間近に控え、これまでと同じ発想ではうまくいかないことは目に見えている。人が今以上に進化するにはどうしたらいいのか。また人が本来持つクリエイティビティを最大限に発揮させ、イノベーションを生み出す組織を作るにはどうしたらいいのだろうか。

その手がかりを見つけるために、弊社代表の森山は、株式会社TABI LABO代表の久志尚太郎氏と、組織論の研究者である宇田川元一先生をお招きし、三人で「これからの経営」について語り合った。

====鼎談前編====

人間には「恐怖」が必要である

久志:シンギュラリティの時代が来るといわれるなかで、僕は最近、人間がやらなければいけないことは何かということをよく考えるんです。それはAIが使いこなせるかとか、ディープラーニングの仕組みを作れるとかそういうことではなくて、人間がどう「進化」できるか、人間自体のアップデートが必要なんじゃないかと。

そして、人の進化は意識の覚醒によってもたらされるのだろうと考えています。恐怖に打ち勝つ瞬間は、見えなかったものが見えるようになった瞬間ですよね。例えば人間が初めて大海原に航海に出かけた時には、死ぬほど怖かったはずですが、恐怖に打ち勝って進んでみたら「あれ、こんなものだったのか」って。そういう瞬間の意識の変化が大事だなって。それで旅したような体感を提供するライフスタイルメディアをやっています。

宇田川:なるほど。だから「TABI LABO」なんですね。旅ではいろいろな恐怖、不確実なものに出会えますからね。それなくして計画通りに旅行ができてしまったら、何にも出会えなかったと言えるかもしれません。

久志:そうなんです。京都大学の河合隼雄先生が「恐怖はない方がいいように見え、ずっとそういう状態が続くと安心ではあるが、死んでいるのと同じである。生きる体験の中には必ず恐怖が入ってくる。ところが現代人は本来的な恐怖というものが非常に少なくなっている」と言っていますが、見えないもの、不確実なもの、つまり恐怖と呼ばれるようなものと出会うことは、人間のクリエイティビティや人間の進化に必要不可欠なんじゃないかと思うんですよね。

森山:ロジックではない世界を、感覚では「感性」、芸術では「暗闇」と捉えると思うんですけど、理解できない不確実なものは暗闇に近いんですよね。「焚き火」が流行っているのもそれなのかもしれません。今、本当の漆黒の闇というものはほとんど存在していませんよね。かつては、そういう闇に対する恐れ、理解できないものに対する敬う気持ちなどがありましたが、それは薄れつつあります。でも、何が起こるかわからない、ドキドキするような暗闇っぽい場所を作ることは、実はそこにいる人の「生きる実感」を作ることや人生を楽しめることと同義なんですよね。

森山:今の人にとっては、計画して理解していくことが大事。僕らはデカルトからの分解主義なんですよね。その結果、恐怖や不確実なものがなくなり、生きている実感を得られなくなってしまう。起業や経営も同じですよね。ベンチャーっていうのは不確実性そのものなのに、「このままじゃ会社がうまく回らないのではないか」と恐れを抱いて計画し過ぎてしまうと、ベンチャースピリットがなくなってしまうのです。

久志:安定性の高い大企業が今やばいのは、たぶんそのせいですよね。縄文時代などは、かなり不確実性の高い生活をしていたと思うんです。それが農耕社会になり、産業革命が起こり、インターネットが生まれてどんどん確実性が増してきた。

これまでの人間の「進化」は何かズレていた

宇田川:近代という時代において我々が何を求めて進化をしてきたか。それは不確実性を削減することじゃないかと思います。つまり、何かをやったときに、やる前の段階で考えたものがどれくらい達成できたかの度合いをはかるわけです。けれど、何かそこがしっくりこない。

このしっくり来ない感じがなぜなのかということを教えてくれたのが、スティーブン・トゥールミンという哲学者です。彼によると、デカルト以前のヨーロッパは比較的良い時代だったのだそうです。アンリ4世というフランスの王様がプロテスタントだったのをカトリックに改宗してまで宗教対立を収束させ、信仰の自由を認めてね。でもアンリ4世が暗殺されて、戦争の時代に入っていくのです。自分の正しいと思うことをちゃんと主張しないと生きていけない時代になったのです。その時にデカルトが客観主義という思想を出してくるのです。

つまり、デカルトのその思想は、当時の時代をどういう風に捉えて生きていこうかという一つのナラティヴ(語り)。世界を理解するための形式だったに過ぎないんです。だからいくら科学技術が進歩したとしても、それは一つの「形式」なんですよ。

Rational(合理的な)とReasonable(妥当な、しっくりくる)とは違うんです。合理的であることと、自分がしっくりきていることというのは全く違うもので、デカルト以降、我々は合理的な方法をとって、リーズナブルなものを獲得したいと目指してきた。けれど、それがどうもうまくいかなかった。そこで、リーズナブルな感覚をもう一度考え直そうという流れになってきているんです。

森山:なぜ、合理的なものがリーズナブルではないんでしょう?

宇田川:それはテクノロジー、つまり科学技術を利用する方法論の体系のほうが一人歩きするからでしょうね。

久志:そういったことが起こるのは、テクノロジーがストーリーを理解するために進化してきていたからで、本質的なものを追求していったわけではなかったからですよね。

宇田川:そういうことだと思います。なんか変だな、何かズレているなという感覚はみんな感じていますよね。例えば働き方改革にしても「リモートワークを導入して時短にすればいいのか? そうじゃないだろう。そもそも……」って。方法論の前の「そもそも」の部分が議論されていないんです。

森山:デカルト以前は「個」というものがおろそかにされていたから、デカルト主義も「個」を理解するためには便利なツールだったと思うんです。でも、それはツールであって本質ではないから、行きすぎるとズレてくる。本質的でReasonable(妥当)なストーリー、つまり新しい物事の見方をみんなで作っていく必要がある時代なんでしょうね。

僕は経営というものは、一人でできないことを拡張するための一つのメタファーだと考えているんです。だから、もっと人間の力を伸ばすメタファーのありかたを、そもそも論として考えていきたいですね。

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「当たり前」を疑い、「気持ち良い」「気持ち悪い」を意識する

宇田川:新しいナラティヴ(語り)が生まれて来る時はどんなときか。それは、今まで当たり前だと思っていたものに対して「なんか違うよね」という違和感があるときですよね。その違和感を当たり前の感覚から「異化」していくものの一つが恐怖なのでしょう。

久志:僕は人間の進化の話として何が大事なのだろうと考えてきて、たどり着いたのが「もう人間は、気持ち良いことしかしなくていいんじゃないか」ということです。「気持ち良い」って言葉は性的なことを連想されがちですが、山登りでもサウナでも感じられるし、誰かに教育を施したりゴミを拾ったりすることで気持ち良さを感じる人もいます。そういう、その人ならではの気持ちの良い状態だけやっていくと、人間のクリエイティビティが発揮されるんじゃないかと思うんですよね。

宇田川:そうですね。そのためには逆説的になるけれど、「気持ちの悪さ」をきちんと表現できることが大事なのではないでしょうか。たとえば、満員電車に乗って通勤することは、慣れていない僕にとっては不快です。でも、多くの人が、これを当たり前だと思っているわけですよ。そうなると考えることはせいぜい「電車の本数を増やしてほしい」くらい。満員電車だから痴漢も起こるわけだし。

久志:僕、いつも思うんですけれど、そんな環境におかれたら痴漢しちゃいますね。すごく疲れていて、体が触れ合っていて、いいお姉さんがいて、それが千回自分に起こったら、千回ともいやらしいことをしない自信はないです。なぜなら、人間なので。

宇田川:ははは。でも、そうそう、その感覚ですよね。

久志:気持ちの良いことをしようとすると、世の中の気持ちの悪いことと対峙しなければならなくなります。もしくは自分を縛っている何かと対峙しなくてはならないプロセスも発生します。そして自分が仮に気持ちよかったとしても、社会から気持ち悪いと捉えられるかもしれません。そういう戦いが続くんですよね。

でも、やはり人類が向かっていくべき方向は、そこにあると思うんですよね。まあ、達観してくと「周りからどう思われようと、自分はこれでいいのだ」っていうことになっていくんでしょうけれど。

気持ち良いのは「ハイファイ」ではなく「ハイタッチ」

久志:世の中、気持ちの悪いことだらけなんですよね。ところが最近、インターネットの世界で「気持ち良い」という言葉が使われるようになったのです。これまでインターネットに関する言葉は「機能性」「利便性」ということしか語られていなかったのに、「気持ちの良いUI」「気持ちの良いUX」とかって。それはUI、UXだけの話ではなくて、自分が利用していて気持ち良いかも含まれていて。スマートニュースのヌルヌル感もそうですよね。「気持ちの良さ」が重要なKSF(Key Success Factor)になってきたのでしょう。

森山:ネットとの接続をし続けているということの気持ち悪さというのはなくなってきていますしね。ネットが常にあるんですよね。

宇田川:なるほど。マーシャル・マクルーハンという、メディア論という本を書いたカナダの文明批評家が「テクノロジーの進化はHi-Fi(高性能)なホットなメディアになっていくものだといわれているが、そうではなくてより人がかかわるもの、ハイタッチなクールなメディアになっていくのが進化ではないか」と書いているんです。*1

つまり人間が関わって感覚の拡張を目指すのがテクノロジーの進化。例えば、iPhoneが広まったことのひとつは、指で紙をめくるように使えるからです。それ以前にもスマートフォンはありましたがパソコンと同じような使い方でした。小さい画面でそれではとても気持ち悪かったので、広まりませんでした。人間というものがどんなものかを無視して進化してしまうものは気持ちが悪い。ある種の手触り感、思いやり感があるものが「気持ちが良い」といわれるものなのでしょう。

森山:「手触り感」、「思いやり感」、わかります。その点で、ネットとリアルの境界が曖昧になってきたからこそ、考えていることがあるんです。たとえば、今ここで僕が携帯を取り出してぴこぴこやり出したら、一気に関係が断絶して、「場」が壊れてしますよね。それがとても気になっているんです。
これまでの話を踏まえた上で、今後企業はどうしたらいいのか、経営者として何を考えていったらいいのかを、残りの時間で話したいです。

(後編は12月31日リリース予定です)

注1:
Hi-Fi:High Fidelity(高忠実度、高再現性)の略語。音響機器などにおいて「原
音や原画に忠実な再現」という意味を持つ。
ハイタッチ:人と人のつながりや、会話、思いやり、コミュニケーションをも
つもの

宇田川元一氏
埼玉大学大学院人文社会科学研究科准教授。1977年東京都生まれ。2002年立教大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。2006年明治大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得。2006年早稲田大学アジア太平洋研究センター助手、2007年長崎大学経済学部講師、准教授、2010年西南学院大学商学部准教授を経て、2016年より現職。 専門は、経営戦略論、組織論。主に欧州を中心とするOrganization StudiesやCritical Management Studiesの領域で、ナラティヴ・アプローチを理論的な基盤として、イノベーティブで協働的な組織のあり方とその実践について研究を行っている。2007年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)受賞。

久志尚太郎氏
中学卒業後、単身渡米。16歳で高校を卒業後、ネット通販事業を起業。911テロを在米中に経験し、アメリカ大陸放浪後日本に帰国。帰国後は外資系金融企業や米軍基地のITプロジェクトにエンジニアとして参画。19歳でDELL株式会社に入社後、20歳で法人営業部のトップセールスマンに。21歳から23歳までの2年間は同社を退職し、世界25カ国のクリエイティブコミュニティをまわる。復職後、25歳で最年少ビジネスマネージャーに就任。同社退職後、ソーシャルアントレプレナーとして九州宮崎県でソーシャルビジネスに従事。2013年より東京に拠点を移し、2014年に立ち上げたTABI LABOは月間900万以上の読者に読まれるメディアに成長。

FELIX 清香
Sayaka Felix

greenz.jp、Pouch、「ソトコト」等のWEBマガジン、雑誌での執筆や書籍構成、オウンドメディアの立ち上げ等を行なっている。国際交流やエシカル、児童文学、体感型アートに興味あり。プライベートでは、Give & Takeではなく、Give & Giveで経済が回るかどうかをさまざまな取り組みで実験する「ギフト経済ラボ」のメンバーとして、カルマキッチンというカフェイベント等の運営に参加している。

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