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【前編】30歳からの組織論〜「志を持つ強い組織」を成立させるロジックとは? 〜

経営者、自分のチームをもつリーダー、新しい時代を切り開く一手を探すすべての人たちへ。CRAZYのトップが、あらゆる業界のトップを迎えて語り尽くす「TOP LIVE」。第2回の登壇者は、認定NPO法人Teach For Japan 創設者である松田悠介氏

強い志を持ち、次から次へと挑戦することをやめない2人の起業家。どのような考えで動き、具体的な策を打っているのか。そこには生半可ではない覚悟と、トライアンドエラーによって築かれた独自の知見があった。新しい時代を切り拓く未来の組織論、前編。

イベント実施日2017年7月3日(月)

登壇者

松田悠介(Yusuke Matsuda)
認定NPO法人Teach For Japan 創設者 / 京都大学特任准教授
日本大学を卒業後、体育教師として中学校に勤務。体育を英語で教える Sports English のカリキュラムを立案。その後、千葉県市川市教育委員会 教育政策課分析官を経て、ハーバード教育大学院(教育リーダーシップ専攻)へ進学し、修士号を取得。卒業後、PwC Japan にて人材戦略に従事し、2010年7月に退職。Teach For Japan の創設者として現在に至る。日経ビジネス「今年の主役100人」(2014年)に選出。世界経済会議(ダボス会議) Global Shapers Community 選出。WaterDragon 財団 日本代表。経済産業省「キャリア教育の内容の充実と普及に関する調査委員会」委員。奈良県奈良市「奈良市総合計画審議会」委員、「奈良市教育振興戦略会議」委員。共愛学園前橋国際大学「グローバル人材育成推進事業」外部評価委員。京都大学特任准教。著書に「グーグル、ディズニーよりも働きたい「教室」(ダイヤモンド社)」

森山和彦(Kazuhiko Moriyama)
株式会社CRAZY 代表取締役社長
中央大学卒業後、人材教育コンサルティングのベンチャー企業に入社。経営コンサルタントとしてトップセールスを記録し、大手からベンチャーまで幅広い企業の経営コンサルタントとして活躍。6年半勤めたコンサルティング会社を退職後、1年間の起業準備期間(世界放浪時期間)を経て、2012年7月に株式会社CRAZYを創業。CRAZY WEDDINGという今までに無かったウェディングサービスを発表し急成長。経営の第一優先を健康とし、毎日3食手作りの自然食が出たり、全社員で世界一周旅行を行うなどユニークな経営をしている。創業5年で4事業を展開し、同社を社員74名にまで成長させている。

モデレーター
吉田勇佑(Yusuke Yoshida)
株式会社CRAZY HR Team Leader
参考記事「『家族のように共に生きる』のが、究極の新人研修」はこちら

 

異なるバックボーンの掛け合わせ。
株式会社とNPO法人のトップが語る2時間。

森山和彦(以下、森山):みなさん、こんばんは。僕はもともと人事系の会社にいて、ずっと前から人と組織に興味があります。心理学や脳科学、組織論などを海外コンベンションなどに参加しつつ、人材教育、人事のマネジメントを研究してきました。

例えば今日100人くらいの方がきてくださっていると思うのですが、この100人で何か大きな仕事をしようとなったときに、どんなチームを組むかでも違いが生まれるじゃないですか。また、率いる人でも変わる。人の組み合わせや、やり方次第で違いが生まれるんですよね。究極的に言えば同じ人間ひとつ取っても、戦争を起こせますし、平和活動もするんです。そういうダイナミックに変化する「人」っていうのが僕のテーマで、どうすれば人はもっと幸せになるかということに興味があります。

CRAZYを創業してちょうど5年目。これまでいろんな実験をし、失敗もしてきましたし、良かったこともたくさんあります。今日はそんな話ができたらなと思います。宜しくお願い致します。

松田悠介(以下、松田):こんばんは。Teach For Japanを立ち上げました松田と申します。私は元々は体育の先生をしておりまして2年間全力で子どもと向き合っていました。先生になったきっかけは、中学2年生の時にいじめられた経験です。勉強もスポーツもできなくて、柔道の技をかけられるなど精神だけでなく身体的にも辛い思いをしました。でもありがたいことに体育の松野先生という恩師が、私の半歩先を照らして常に伴走してくださり、信頼関係が芽生え、そのプロセスの中で自立していきました。

高校に入ってから、先生に「恩返しをしたい」とお礼を伝えにいったところ「俺に恩を返そうと思うな、同じ様な厳しい状況にいる子ども達に恩を送ってやれ」と。その頃から体育の先生を志す様になっていきました。体育の先生になってからは、学校現場で子ども達と向き合わない大人たちの存在に違和感を感じ、どうすれば子供たちの教育環境を改善していけるのかを必死で考えてきました。そしてTeach For Japanを立ち上げるに至っています。

この中で、子どもの貧困や格差が日本にあることを認識されている方はいますか? 半分くらいですかね。私がTeach For Japanを立ち上げた、7年前には誰もいなかったんです。ようやく認知されるようになりましたが、今6人に1人の子どもが貧困状態にいるんです。私が支援している福岡のとある地区では、2人に1人の子どもが生活保護を受けていて、学校も荒れていて先生は誰も教えたがらない。

Teach For Japanでは、そうした学校に素敵な想いを持った優秀な人材を2年間教育して派遣をしてきました。先生が変わると子どもたちは変わるので、これで日本の教育を変えていこうと。

10年間子どもと向き合ってきて気づいたことは、子どもが悪いことは何一つなく、我々大人側に課題があるということでした。「夢を語れ、自分らしく生きなさい、多様性を受けとめ合おう」そう言っている我々大人ができていないんです。そんな環境の中で子どもが育つわけないじゃないかと。大人が自分らしく生き生きと、志に向かって生きるような社会をつくらないと。

今はTeach For Japanを退職し、スタンフォードのビジネススクールに参画する予定です。その中で経営や人のエンパワーメントを学んでいきます。また、CRAZYの人と向き合いエンパワーメントして、自分らしく生きる社会を作っていることに非常に共感し、CRAZYの経営に関わることを選びました。ベースはスタンフォードで学び、実践する場としてCRAZYの組織づくりに携わっていきたいと思っています。

マネジメントの葛藤。
あの時の失敗があるから、今がある。

吉田勇佑(以下、吉田):それぞれ経営・組織論に携わってきた2人ですが、人生の中で繰り返したくない失敗談や壁にぶつかった経験はありますか。

森山:前職時代、法人に教育研修を提供する営業組織のリーダーだったとき、会社的には荒くれ者で、マネジメントをしにくいチームを持ったんです。チームをつくったばっかりなので、合宿をしたいと言ったんですけど、あるメンバーが「えー俺、合宿とか嫌っす」っていうわけですね。

僕は「いいよ、全部受け止めるから」と言う。ここは強制する会社じゃないからしょうがない、としちゃったんです。それからが大変でした。どこからが良くてどこからがダメなのか分からないので、何をしても嫌だと言われるし、マネジメントが効かなくなってしまって。

その後、体育会系の中途人材が新しく入社したのですが、それが面白い変化を起こしました。いつものように会議をしていたら、彼が「なめてんの? でてけよ」って。「まじおまえらありえないから、そんなん社会に通用しねえから」と話をしてくれて。シーンってなったんですけど、それからまとまるようになりました。あれはもう2度と繰り返しちゃいけないですね。

やっぱり、いい顔しちゃダメなんですよ。いわゆる「平等が正しい」とか「強制はよくない」という概念をそのまま当てはめてたんです。強制を哲学して、どうなったら強制でどうなったら強制じゃないのか考えてやるのがマネジメントじゃないですか。でもそうは考えられなかった、若かりし頃です。松田さんはどうですか。

松田:経営者として一番辛かったことは、組織から人が離れることですね。Teach For Japanではビジョンに惹かれてマッキンゼーやゴールドマンなど超優秀層が集まってきてくれて。ただ社会課題の解決という、今までのやり方では難しい課題にチャレンジをしているし、お金儲けとして給料を増やすなどできない限られた経営資源の中で、組織の問題がいろいろ出てくるんです。

その時の自分の解決の仕方は「ビジョンはここだ!俺はここを目指してる!それをやりたいやつだけついてこい」「嫌だったら各々の道を選ぶのが一番幸せなんじゃないか」としてしまったんです。

そうすると当然のことながら、創業からいるメンバーはみんな辞めていくわけですよね。でも、ビジョンを訴え続けるからまた新しい人が入ってきて、組織を大きくすることはできたんです。また、教育委員会では無理だと言われていた、教員免許を持っていなくても先生を派遣できる仕組みなど、事業のベースは作ることができたんです。

ただ5年目を過ぎた頃から、成長曲線が鈍化していくわけですね。そうすると焦っていくんです。こんなんじゃ日本の教育は変えられない、160万人いる貧困に苦しんでる子ども達を救えない、と。

「お前がいるからうちの組織が成長しないんだ、課題が解決されないんだ」という言葉をメンバーからもらった瞬間、ちょっと立ち止まろう、と経営を交代しました。トップのカリスマが人を集めるのではなく、もっともっと先生や子ども達に寄り添ってプログラムを作っていく、ビジョンに共感してきた仲間を何よりも大切にしていける人にお願いしようと。

今参画しているCRAZYや新しい組織では、絶対に同じ様な過ちを繰り返したくないなと思っています。

森山:リーダーだったら経営方針とかマネジメント方針を持っているんですけど、裏のメッセージがあることを考えていかなければならないと思うんですよね。たとえば「俺はビジョンを語るから、ついてこれなかったらいいよ」っていうのは、裏のメッセージは「俺は変わらないよ」ということだと思っていて。僕自身も、変わらないよって伝えてしまっていることが、何かしらあるなと。だから常に何かのメッセージを発信している時には、裏で何かを否定していたり、守っていたりすることに自覚的にならないとなと思っています。

吉田:非常に難しいところですよね。僕は松田さんと関わらせてもらって数ヶ月が経ちますが、ものすごい突破力で進んでいくんです。ただ先ほどの話のように、突破力の強みが諸刃の剣的に機能してしまう時の葛藤は、どう越えていけばいいのでしょうか。

強みと弱みは表裏一体。
一人ではできないことを、真に受け止められるのか。

森山:強みとは尖っているということなので、ケアしていかないと痛みが出てきてしまいます。でもケアすれば突破力は下がりますよね。つまり二律背反するというのが強みというものなので、強みを活かしていくには、ケアをしてくれる他の人が必要になるんです。

僕が思うに、経営者が強みを生かしていくという概念をもったときに、一人でできないということを真に受け入れていくことが大事。経営者は表面的にはそうじゃなくても、心のどこかで自分一人でやってるって思っちゃうんですよ、最後俺責任とってるし、って。現場のリーダーの心理もそうです。ですが、自分の見えていないところで他の人たちがやってくれているんですよね。自分一人じゃできないっていうことを受け入れると、チームで手をとって仕事ができるんじゃないかなと思います。ただ、その受け入れ具合はなかなか難しい。

松田:思い返してみると、私は何が強みで何が弱みだったのかを自分でちゃんと理解できていなかったなと。一つ具体例を出すと、自分の強みって、人前に出て想いを伝えて仲間を集め、リスクを取りながら突き進んでいくこと。つまり前に進む力だと思ってた。でも早く前に進むからこそ、身近な人たちが何を抱えていて、何に苦しんでいるのかに目が向いていなかったんですよね。

なんでこうなってるんだろうと考えると、14歳で受けたいじめの体験が未だに大きな影を落としていて。人を信頼して傷つくことを恐れてしまう。周囲を気にせず突破していく力は、自分の想いを実現する組織を経営していく中で、強みでもあり、弱みでもあった。それを理解をし、受けとめて一人一人とコミュニケーションをとることも大切ですし、まずは自分のことを知るということが重要ですね。

(END)

 

今回の対談は、組織論という切り口でしたが、それぞれの人生経験に迫る対談となりました。熱い志を持ち、前例のない取り組みを築き上げてきた松田氏。らの弱さと向き合い吐露する姿は、会場にいた100名もの参加者の胸が熱くなるほどのものでした。

また、リーダーからの発信の裏に潜むメッセージは、伝わっていないようで伝わってしまうという盲点。経営者やリーダーとして組織をつくる立場の人は、自らの本音に自覚的になり、直接的な言葉だけでなく、真意が伝わるよう努めねばならないということ。トライアンドエラーを重ねて生まれた二人の組織論は、表面的な話ではなく非常に人間くさくて本質的だと感じました。

 

 

【後編】30歳からの組織論〜「志を持つ強い組織」を成立させるロジックとは? はこちら

水田 真綾(@maya_mip)
Maya Mizuta

『CRAZY MAGAZINE』を立ち上げ、執筆・編集共に行っている。学生時代は人の世界観を形作る「メンタルモデル」に興味を持ち、「学習する組織」や「U理論」を学んで団体を創設、イベントを多数開催。趣味は、星を見て風を感じて森でお散歩をすること。愛読書はエーリッヒ・フロムの「愛するということ」。

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