お母さん、離れてくれてありがとう。

「お子様が産まれてお母様が命を失うか、お母様の安全を取ってお子様を産むのを諦めるか、どちらかになる可能性が高いです。どうしますか。」
お医者さんの言葉。

「産みます。」

隣にいる父に迷う瞬間も与えず、そう答えた母。

「覚悟を決めて即答する姿に、自分は何も言えなかった。母は本当に偉大だ。敵わない。」と噛みしめるように語る父。

 

初めてその話を聞いた高校生の私は、「命懸けで産んでやったんだぜ!」なんて一言も言われることなく、当たり前に育てられてきたそれまでの日々を思い返して、自分がどれだけ愛されているのかを思い知りました。

本記事では、私自身の親への想いとCRAZY WEDDINGを通して数々の親子に触れて得た気づきをシェアすることで、誰もが何らかの形で持っている親との関係について、再認識する機会にできればと思っています。

「当たり前に愛される」ということ

親が子を愛することは当然のように語られますが、親が子に与える「無償の愛」は非常に重要なものであると私は考えています。

「無償の愛」とは、無条件な愛です。
無条件であるということはつまり、ありのままを愛するということです。

私たちはこの「ありのままの自分を愛される体験」を経て、「ありのままの自分を(自分で)愛する」ことができるようになります。よく耳にする自信や自己肯定感の礎のひとつが、この「ありのままの自分を(自分で)愛する」能力です。

池田、2歳か3歳くらい(たぶん)

「毎日楽しそうだよね。」「幸せそうだよね。」とよく言われる自分。
丁寧に感謝ができる自分。
理想に生きようと、チャレンジングな選択をする自分。

そうやって前向きな気持ちで日々を過ごせる自分がいるのは、両親からもらった愛があるからだと考えています。

人生の土台ともなる愛を、書き尽くせないほど与えてくれた両親に、私は強く感謝しています。

守ることより、離れることの方が難しい

そんな私には、最近になるまで気づかなかった親のもっとすごいことがあります。
これは、CRAZY WEDDINGがつくる結婚式を通して、たくさんの親の本音と子の本音を知ることで、気付かされたことです。

それは、「子離れ」のすごさ

結婚式で触れる親御様の表情には、深い「愛」を感じずにいられません。

「親離れ」「子離れ」なんて言葉があるけれど、
・「産まれる前からずっと面倒をみてもらってきて、その延長線上で依存してしまうこともあるだろうから、親離れってたしかに難しいよね〜。」
・「産まれる前からずっと見守ってきて、思い出もいっぱいな分、自分から子どもが離れていくと寂しいよね〜。」
くらいにしか私は思っていませんでした。

しかし、冷静に考えてみると、子離れはそんなレベルでは無いことに気づかされます。

命を懸けて産み、全ての世話をしてきた存在が、意志を持って行動し始め、いつの日か自分の介入なしに生活できるようになっていくのです。

お腹の中にいて二人で一つだった存在が、勝手に一人の人間として、自分と関係なしに生きていくのだから、それは絶望と言ってもいいくらいの出来事だと思います。

無理やり例えるならば、自分が命懸け(しかし出産と異なり、殆どの場合命は落とさない)で心を込めてつくった商品やサービスが、急にやってきた誰かの介入によって、自分の価値観とは全く違うものにされていくようなものです。私は、それでさえ想像しただけで耐えられません。

でも、母はそれを受け入れ、それでもなお私の幸せを願っているのです。
もはや超人じゃないかと思わされます。

誰かを無条件に愛するとは、一人の幸せな人間であるということ

フロムは自著『愛するということ』の中で

「成長しつつある子どもにたいする母性愛のような、自分のためには何も望まない愛は、おそらく実現するのがもっともむずかしい愛の形である。」
「愛情深い母親になれるかなれないかは、すすんで別離に耐えるかどうか、そして別離の後も変わらず愛しつづけられるかどうかによるのである。」

引用:エーリッヒ・フロム著, 鈴木晶訳(2020), 『愛するということ』, p.84-85,株式会社紀伊國屋書店

と言及しています。

私は、子に対する「無償の愛」を無条件に子どもを愛し、育てる行為だと思っていました。(※それですら大変です。)
しかし「無償の愛」とは、それをゆうに超えて、命を懸けて生命を与えてきた存在が、丸ごと手元から無くなることすら受け入れる行為であったのです。

母は本当に強い。この歳になって、また思い知らされることになりました。

 

誰かを無条件に愛するためには、そもそも自分が、愛する誰かに依存することなく自分で自分を愛せる人間であること、自分が一人の幸せな人間として自立していることが求められます。自立し、一人の人間として幸せに生きられるからこそ、子どもが離れていくことにも耐えられるのです。
人間としてそこまで成長するのは、簡単なことではありません。

遠い実家から見守ってくれている母は、私の母である以前に、一人の人間として「生きること」を積み重ねてきたんだと、また尊敬の念が深まりました。

 

母への感謝の言葉には、
「(産んでくれて、育ててくれて、愛し続けてくれて)ありがとう。」

「(人生を通して、幸せに生きる努力をしてきてくれて)ありがとう。」
が加わりました。

一人の幸せな人間として生きることをしっかり積み重ねてきた母のお陰で、今の幸せな自分があると思うから。

 

みなさんの感謝の言葉は、どうですか?
少しだけ、思い返す機会になりますと幸いです。


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引用:エーリッヒ・フロム著, 鈴木晶訳(2020), 愛するということ, 株式会社紀伊國屋書店
※お医者さんとの会話は、父の記憶上の台詞です。

執筆・編集:池田瑞姫
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