株式会社CRAZYとBLBG(ブリティッシュ・ラグジュアリーブランド・グループ)株式会社によって共同開発された、南青山の新複合施設「THE PLAYHOUSE」。大人の遊び場として、劇場というテーマを持った、この建築を手掛けたのは、コペンハーゲンとロンドンを活動拠点とする、20代の建築ユニット「PAN- PROJECTS」でした。
彼らを中心として作られた本案件の建築チームは、オープンまでの時間が短いこと、海外にいながら完結させなければならないこと、施主が複数社に及ぶこと、など多くの制約条件が設けられる中、若手ならではの新しい発想と斬新なアプローチを用いて、館を完成させました。
今回は、PAN- PROJECTSの高田一正さん、八木祐理子さんのお二人と、日本側のパートナーを努めた奥晴樹さん、CRAZYのアートディレクターでプロジェクトの責任者である近藤泰弘さんに、完成に至るまでのプロセスを伺いました。「THE PLAYHOUSE」が出来上がるまでに、建築チームが何を考え、どんな想いを込めたのか。ぜひご覧ください。
“若い才能で、日本の建築業界に新たなくさびを”
-このチームでプロジェクトに取り組むことになった背景を教えてください。
近藤さん:
以前、担当していたプロジェクトの際に紹介されたのがPAN- PROJECTSさん(以下、PANさん)でした。その案件は保留となりましたが、活動内容を記事で拝見していて、いつか一緒に、と思っていたところに、今回のプロジェクトが立ち上がり、すぐに連絡を取りました。
今回のプロジェクトは難易度が高いものだったので、数社とコンペ形式を取らせてもらったのですが、代表の森山(森山和彦:代表取締役社長)も、僕も、面談を追えたら即決で「PANさんだね」となりました。
高田さん・八木さん:
ありがとうございます(笑)
近藤さん:
ポートフォリオの数々、そして建築のアプローチや考え方が刺さったことも一因ですが、一番の理由は、コラボレーションをしたいと思わせてくれたことです。哲学や思想もさることながら、施主、つまり今回は、BLBGとCRAZYという、こだわりの強烈に強い2社(笑)のいいなりにならないというか、対等の立場で一緒に化学反応が起こせそうな気がしたんです。
(BLBG,CRAZYの二社代表による対談はこちらからご覧になれます。)
高田さん:
嬉しいですね(笑)
僕らも、日頃からコラボレーションを通して建築を作ることを大事にしています。ヨーロッパでの活動は、どのプロジェクトも、必ずコラボレーターを探して取り組んでいます。今回は、海外にいながらプロジェクトを進めなければならなかったのもあり、日本にいる方とコラボレーションしようと考えた時に、すぐに奥のことを思いつき、「飲みに行こう」くらいの気軽さで誘ってみました。(笑)
奥とは、学生の頃、早稲田大学の同期として共に卒業設計に取り組み、大学で最優秀賞、そして全国でも複数の章を受賞した経験があり、30歳までには「何か一緒に仕事をしよう」と話していました。
奥さん:
本当に、飲みに誘われるくらいのテンションでしたね(笑)
私も、ちょうど2年前くらいに、日本で独立していて、「そろそろ何か刺激的なプロジェクトないか」と、飢えていた頃でした。高田から話がきて、直感的に面白そうだと思い取り組むことを決めました。
高田さん:
後日、この案件の難しさに気付いたよね。
一同:
(笑)
近藤さん:
他にも、PANさんや、奥さんが、CRAZYの元社員と繋がりがあったり。ロンドンで活動されていることが、今回のBLBGさんにハマったりと、集まるべくして、集まった感じもありますが、そんな中でも、僕がチーム作りで一番こだわったのは、若手で固めることでした。
今回は、商業施設として運営してきたビルを、新しい意味を持った場所に生まれ変わらせる必要がありました。そのためには、日本の建築業界の体系化されたアプローチではなく、新しいやり方や発想が必要だと思っていました。
高田さん:
僕らにとっても、ありがたい機会でした。日本では、経験を積み、歳をとらないと責任ある建築の仕事を任せてもらえないという傾向があります。だから、僕らは日本を出て海外で仕事をしているのですが、その現状に対して、一石を投じて、何かを変えられるきっかけになるんじゃないかと思っていました。
奥さん:
私も、元は大手企業で設計者という、少しコンサバティブな環境に身を置いていて、「でもそれでは、自分自身の言葉で、社会に対して提案がなかなかできない」と感じ、勢いで独立したので、こういう思いっきり挑戦できる機会を求めていました。
近藤さん:
このプロジェクトをハブとして、PANさんや奥さんのような、若い世代の力を世の中に示して、日本の建築業界に対しても、何かくさびを打ち込めるものにしようと、このプロジェクトは始まりました。
“VRテクノロジーを用いてロンドンと日本を繋ぐ”
-新しい発想やアプローチとは、どのようなものだったのでしょうか?
高田さん:
社会の多様性を建築活動を通し祝福するというコンセプトを我々は掲げていて、それを実現するための設計手法としてコラボレーションに常に重きを置いています。そこで、常に気をつけていることは、議論のテーブル上に乗っている人間は皆フラットであるということです。
通常、建築家がプロセスの一番上にいて、実際に物を創る職人さん等に指示を出すような構造が建築業界では一般的なのですが、僕らはそれを拒否しています。最初からフラットな関係性を築き、コラボレーターの奥も、クライアントさんも、職人さんも、同じように向き合い、率直に意見を言い合うようにしています。ステータスや年齢の高い人の意見を重要視するようになってしまうと、多様性が生み出せなくて楽しくなくなりますから。物を創るというプロセスにおいて、こうしたヒエラルキーの無い在り方は、よりクリエイティブなプロジェクトを生み出せますし、思いもよらない良いアイディアが化学反応的に生まれてきます。
近藤さん:
具体的なアプローチとしても、新しい取り組みがありました。今回、PANさんがロンドンから参加する形だったので、コロナ渦という状況もあり、現場を見ることができませんでした。そこで、VRツールを用いて、二次元の図面を三次元空間に投影しながら議論を進めました。通常、建築のプロジェクトは、現場に直接出向き、大量の紙の図面を刷って捨てて、を繰り返すのですが、今回そういう無駄はほとんどありませんでした。
高田さん:
VRツールは、今回の案件に特に、ハマりましたね。元々は、海外でプロジェクトをやる中で、言葉に頼らずコミュニケーションをとるために、生み出した方法でしたが。このツールの使い方が発展していけば、クライアントさんもVR空間に入って、その空間内でやりとりすることができるはずです。そういうコラボレーションを実現していけたら、もっと世界は狭くなると考えています。
奥さん:
最初に、アナログのデータを全部拾い集めるのは大変でしたけどね(笑)
一度データに上がってしまえば、それを更新しながら進められます。そして、どうしても現場で見なきゃならない細かな寸法やおさまりについては、私がチェックし、入力することで補完できました。
近藤さん:
今回は、関わっているプレイヤー全員が、柔軟性を持っていたからこそ、新しいツールを用いながら、クイックに提案もレビューもできました。もし、既存のプロセスでこれをやろうとしたら、金額的にも時間的にも何倍もかかる可能性はあります。このプロセスで、ビジュアルを微修正しながら、なんども壁打ちできたことが、成功に結びつきました。
“一見使いづらい空間が、イギリス文化を表現する「劇場」に生まれ変わった”
-「PLAYHOUSE=劇場」というコンセプトは、どのように生み出されたのでしょうか?
高田さん:
色々な議論があったのですが、大きくは二つのポイントがあったのかなと思います。
一つ目は、奥が持ってきた図面から得た着想です。今回の建物のエントランスには、元々ショーウィンドウのように使用していた部分が飛び出ている箇所があり、不正形な平面形状をしていました。そこが一番の顔になるけれど、機能的には使いづらくてどうしようか考えていました。
そんな中、奥がそのエリアを縦に切った図面を持ってきたんです。それをみた時に、オペラハウスのような劇場的空間構成が当てはまりそうだと、ピンときました。そういった劇場には、舞台装置を持ち上げるために高くなっている空間(フライタワー)がステージ上部にあるのですが、エントランスの空間を内部から見た時、まさにその考え方が応用できると。そこで、その構造を縮小して入れ込んだらやっぱりピッタリで、この時、全体を劇場として作るというアイディアが生まれたんです。
近藤さん:
最初に断面をみたときは「劇場…どこがですか?」と聞いてしまいましたが、話を聞くうちに、なるほど、と(笑)
高田さん:
もう一つは、BLBGさんからいただいた、“イギリスらしさの翻訳”というテーマです。
僕たちは、ヨーロッパで活動している中で、「国の文化を表現したい」といったアプローチを求められることがよくあります。その際に大切にしていることは、文化をシンボル化しないことです。例えばイギリスだから“ユニオンジャック”みたいな直接的な表現はデザインではないと思っています。
イギリス文化の翻訳に何が必要かを模索して考えついたのは、シェイクスピアをはじめとする、舞台や演劇空間、つまりシアター文化を持ってくるというアイディアでした。
今回はクライアントの方の要望が初めから特殊性を持っていたため、ならばと逆転の発想で、このプロジェクトを同じ条件でロンドンで頼まれた場合、何をするだろうかと素直に考えたわけです。ロンドンでやるであろうことを、そのまま東京でやれば、空間性や文化を、分かりやすい視覚的なシンボルに頼らずに移植できるのではないかと。そうすることで、本当の意味でのイギリスらしさといったものを、形骸化せず表現できると思いました。
建築の図面から得た発想と、イギリス文化の翻訳という観点から、来館者やお店自体が、自ら何かを表現し発信できる劇場としてつくろうと、「PLAYHOUSE」というコンセプトが決まりました。
- そのコンセプトを元に、設計が始まったわけですね。
高田さん:
そうですね。PLAYHOUSEというコンセプトが決まったので、僕らがやるべきことも決まりました。
それは、舞台装置を作ることです。奥が1階、僕が2階とエントランスの天幕、八木が3階のイベントホール「BENE- 」と、それぞれ役割を持って、劇場を表現する装置=エレメントを作りこみました。
近藤さん:
今回特に、3階の「BENE-」の壁を取っ払うアイディアは、通常では思いつかないアプローチだったと思います。壁をなくして、布で空間を区切ることによって、3階に様々な舞台を出現させることができ、費用面や工数面でも大きな削減が可能になったのです。
このアイディアを思いついて、すぐにビジュアル化してみたところ、「上手くいきそう」だと気付きました。あとは、細かい部分をアカンプリッシュ(本案件を担当した施工会社)の経験豊富な職人さんたちが、詰めてくれたことで、有機的に全ての空間が繋がるイベントホールが完成しました。
若手メンバーの発想と情熱を起点として、経験者たちの知恵を掛け合わすことで、これまでにないアウトプットを生み出せたと思っています。
“「商業の街」南青山に、人が集う文化的な場所を”
-そのようにしてできた「THE PLAYHOUSE 」。館の設計者として、今後どのように使われることを望んでいますか?
高田さん:
青山という土地は地価が高いので、商業をやるならば、所狭しと商品を並べたくなると思います。しかし、今回はそこを意図的に開放しました。できた余白によって、文化的な活動だったり、公共性が入り込み、人を呼び込める空間を生み出したのです。それは、この商業が支配してしまっていた街において、とても大きな意味を持っていると思います。こうしたプロジェクトを勇気をもって創り上げたクライアントさんに本当に感謝しています。
かつて青山や原宿に数多くあった、知らずと人が集まるような空間。「人を纏うような建築」となってくれたらいいなと思います。
八木さん:
私としては、遊びにきてもらって、新しい発見をできる場所であって欲しいと思っています。お客様や働いている方が、演劇のようにいろんなPLAYに興じることができて、何か明確な目的を持って来館するだけじゃなく、想像もしない出会いや発見があるかもしれないという、期待感を持てる。そんな場所であり続けれたら嬉しいです。
奥さん:
お二人が話してくれたことが全て、といった感じはありますが…。(笑)
私たちはこの空間に舞台装置として、遊べる仕掛けをたくさん設計しています。これからCRAZYさんBLBGさんにはこの空間を使ってたくさん遊んでもらいたいと思っています。
発見や遊びでいえば、実は、私たち自身も実際に建築が出来上がって、遊んでみてはじめて気がついたものがいくつもありました。その中の一つで、1階の回転壁についてなのですが。
極端な話ですが、360°の13乗通りという、無限のレイアウトが出現するんです。壁がほんの少し動くことで、真鍮や銅、ステンレスの壁からの反射光が、床に光のグラデーションを生みだします。さらに、窓の外から差し込んでくる光や風景が金属の壁に映り込み、壁の向き、時間・季節によっていろいろなシーンを演出します。
奥さん:
それによって、何度来ても、毎回違った風景を楽しんでいただける。来るたびに変わりゆく空間の中で、予期せぬ発見や出会いがある場所になれば素敵だなと思います。
“お客様の世界を拡張させ続ける、生きた場所になっていきたい”
-最後に、今後運営の中心を担う、近藤さんも意気込みを教えてください。
近藤:
僕は、「THE PLAYHOUSE」が、お客様と建物が双方影響しながら、常に変化していく場所にしたいと考えています。
例えるなら、Googleをはじめとする検索エンジンのような場所です。Googleは具体的な情報を提供しているわけではなく、あくまでもプラットフォームを提供しているだけ。そこに載っている情報は、一般の人が上げたものです。このように、利用者と提供者の境界線がない状態を作れたら理想だと思っています。
「THE PLAYHOUSE」という場所は、お客様がどのように使いたいか次第で、様変わりしていきます。そして、お客様に対しても、様々な出会いと気づきのある場所になるはずです。
積極的に、お客様に参加していただくことによって、そこに集う人々やブランド、情報との接点が生じて、新しい繋がりを生み出していく。そして、お客様自身の世界が拡張し、館自体も成長していく。そうやって、人を纏いながら、常に変化していく、生きた場所にしていきたいと思っています。
執筆&編集:佐藤史紹