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INTERVIEW

CRAZY創業メンバー中西章仁。子どもたちにとっての「社会」とは、「自分の在り方」そのものだから。

プロフィール
中西章仁(Akihito Nakanishi)
CRAZY WEDDING  CEO。商社にて欧米・アジア市場開拓担当として活躍後、自ら志願し、人事としてのキャリアを歩み始める。2012年、交通インフラ系企業へ人事責任者として転職するも、元々の知人だった株式会社CRAZY代表取締役社長の森山とCRAZY WEDDING Founderの山川と再会。2013年、株式会社CRAZY(当時の名称は、株式会社UNITED STYLE)に、創業メンバーとして参画、現在に至る。

市場開拓にコミットし、海外を飛び回った商社マン時代。

-まずは、中西さんのキャリアのスタートである商社マン時代のお話を聞かせてください。

中西章仁(以下、中西):入社してすぐに「抗菌剤の海外市場を開拓する」新規事業を担当することになりました。早速ヨーロッパで新商品を売り込もうとしたら、効果の保証が欲しいと言われたんです。普通は「実績も無いのにどうしよう・・」と立ち止まるのかもしれませんが、私の場合は一切悩まない。だったら、相手の求めている保証をつくるだけだと、パリにあるパスツール研究所(生物学・医学研究を行う非営利民間研究機関)に掛け合って、抗菌の測定方法をつくってもらったりしました。今振り返れば、無から有を生むようなチャレンジをしていたと思います。

ゴールと現在地のギャップを見つけて、そのギャップを埋める戦略と戦術を描く。そして、確動力を持ってやりきるだけ。途中でボトルネックが発生したら、またそれを解消すればいい。自分で解消できなければ、できる人の力を借りる。今の仕事の基本スタイルは商社マン時代につくられたものですね。

有言実行。社労士資格取得と同時に、人事へのキャリアチェンジ。

-それだけフロントで活躍している中、なぜ人事にキャリアチェンジしたのですか。商社マンで営業から管理部門への転身を希望する人は、そう多くないと思いますが。

そうですね。数多くの世界企業と仕事をする中で、何をするか以上に、誰がそれを担うかが大事だと強く思うようになったんです。「組織は人。採用でもっとできることがあるんじゃないか、誰もやらないんだったら自分がやろう」と思ったんですよね。

その後は人事マンまっしぐらでしたね。採用・教育はもちろん、人事制度や労務管理、人事領域すべてに携わりました。私が採用に関わった新卒社員は最終的に全社の20%を占めるまでになり、社内でも「新世代」の位置付けをされるほど、力をつけてくれました。一方で自分自身の出世にも興味は失っていませんでした。「人事を絶対にプロフィットセンターにする」という覚悟で仕事をしていたので、常に同期でトップを走ることにこだわり続け、間接部門にいながらも最年少での経営職昇進を果たしました。

子どもにとっての父親の姿は社会そのもの。自分の姿はどう映っているのか。

-人事に異動してからは特に、自らミッションを掲げ走り続けて、手応えも感じていた。なのに、なぜ次の道へ進もうと思われたのですか。

私には子どもが2人いるんですが、あるとき「家を出る瞬間の自分の姿は、子どもたちにどんな風に映ってるだろう」と考えたんです。我が家の場合は、妻が家庭を守ってくれているので、子どもたちは、父である私の働く姿イコール社会。だとしたら、自分がイキイキとしているのか大変そうでいるのかによって、子どもたちの社会の捉え方すら変わってしまうと思いました。

いつも挑戦をし相応の評価を受けて、自分の決済で判断できることが増える一方で、経営陣やステークホルダーの思惑も見えてきて。自分の意思決定と言いながら、自分のものというよりも、その元には多くの人の思惑がある。それを「そんなものだ」と片付けられなくなってしまっていました。「心から大切だと思うことをごまかさずにいたい。そして、常にエネルギッシュでありたい」そう思った途端、「そうあれる場所は自分で創るしかない」と思ったんです。

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-商社の後、CRAZYに参画される前に、インフラ企業の人事責任者に転職されたとおうかがいしました。

そうです。転職して少し経った頃に、森山株式会社CRZAY代表取締役社長)・山川CRAZY WEDDING Founder)と再会しました。「理想だけを追求して、ビジネスの力で世界を変えていきたい」。ふたりからそんな話を聞いて、素直に「いいな」と思いました。当時社会的ステイタスの高い役職を手に入れていたけれど、満足はしていなかったんです。大切なことは、所属する会社や給料の額ではなくて「何を目指して、誰とやるか」だと、気がついたんですよね。

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不安はゼロ。素晴らしい仲間とビジネスを成功させるイメージしかなかった、CRAZYへの参画。

-一家の大黒柱というお立場で、大手企業の人事責任者を辞めて、今後どうなるか分からないスタートアップに飛び込むことに、不安はありませんでしたか。

それは全くありませんでした。私としては「飛び込む」という感覚もなかったくらいです。というのも、CRAZY WEDDINGのビジネスモデルは、世の中に受け入れられるという確信があったんです。ウエディングというサービス自体にはさほど関心はなかったけれど、人が自分の人生に対する意志を表現するのが目的の事業だと理解していました。「父親として、子どもたちにどんな姿を見せるのか」という、まさに自らの人生について関心が高まっている中で、完全オリジナルウエディングのサービスを手がけることは、素晴らしいと思ったんです。

そして何よりも、このメンバーであれば何をやっても成功させられるという自信もありました。「清貧を貫こう」とかは全くなく、あったのは「自分の意志と力で事を成す」というシンプルな決意でした。不安もなかったので、私のその様子を見た奥さんも、ベンチャーに飛び込んだのではなく普通に転職した感覚だったのではと思います。

-CRAZY(当時のUNITED STYLE)へ参画してからのことを聞かせてください。

創業当初は仕事の内容は決まっておらず、みんなでウエディングの現場をとにかく納める毎日でしたね。最初の仕事は、荷物を運ぶ軽自動車を借りる為のレンタカー会社の検索でした。ウエディング現場ではPA(音響担当)をやっていました。個人としてはもちろん、会社としても初めてなことだらけ。例えば、ウエディング当日に雨が降ったとしても、雨天オペレーションも整ってないので、その場で対策を考えたり(笑)。

予測して実行して効率化することは、一足飛びにはできないから、現場に入って、失敗や非効率から学ぶことが多かったです。ひとつひとつトライして、修正する。創業時は特に、圧倒的な実行量と改善量を経て、自分たちのやり方が生まれる繰り返しだった気がします。

信頼を置く仲間からのフィードバックを経て、自分らしく居られる場所を手に入れた。

-これまでの仕事や職場環境との違いに、戸惑いはありませんでしたか。

悩むことはなかったですが、常に怒りが湧いていました。「ちゃんと考えてからやればもっと上手くできるのに、なんで考えずに走るんだ!」と。とはいえ、私にとって怒りは特別な感情ではなかったんです。商社時代からずっと、課題解決に向かう起点の感情は怒りだったので。ただ周りは相当怖かったみたいで「舌打ちが聞こえる時は話しかけられなかった」と、今でも冗談で言われます(笑)。今では嘘みたいですけど怒りの感情はほぼなくなりましたね。少なくとも、怒りから物事をスタートさせることはないです。

-何かきっかけがあったのでしょうか。

メンバーからのポジティブなフィードバックがきっかけで変わりました。CRAZYにはフィードバックの文化があって、自分が相手に尽くしたら相手からも気持ちが返ってくる。その体験を日常的に繰り返す中で、怒りの感情が要らなくなってしまったという表現が、正しいかもしれません。相手に対して愛情があり、その愛情を具体的な発言や行動で届ける。相手が変化をして何かを手に入れることができたら、私も幸せを感じる。そのサイクルをずっと繰り返してきたので。前職の人たちが聞いたら信じられないと思いますけど、よく泣くようになりましたよ。以前は、絶対に涙なんて流さない人間だったのに。

-それはどうしてでしょうか。

この場所は、自分を大きく見せたり、何かを隠したりする必要もないと分かっているからだと思いますね。いつも自分自身で居られるんです。例えどんな感情をオープンにしても、仲間が受け止めてくれるという確信がある。職場は戦いの場で周囲はライバルという捉え方をする人も多いと思います。過去の自分もそうでした。でも今は家庭も働く場所も安全な場所で、どこにいても誰と過ごしてもノンストレス。問題は最年長ゆえに体力くらいかな(笑)。

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「メンバーに素晴らしい景色を見せてやりたい」。それが、これからの夢。

まず前提として、私は結果にタッチできている実感値が欲しい人間なんです。責任者という立場になって、実行者はメンバーだったとしても、実行するメンバーに対して自分が関わっていたいと思っている。関われている感触が得られなくなったら、つまらなくなってしまうはず。だから、どれだけ組織が大きくなったとしても、頑張っているメンバーの肌感覚や、サービスを受け取ったお客様の温度感を求め続けたい。
その上で敢えて夢を言うならば、メンバーに素晴らしい景色を見せてやりたい。私は肩に力が入っていない状態で、常にフロー状態の中ジャストミートできているので。これからは新しい景色を見たいというより、メンバーに見せてあげたい気持ちが強いですね。

(END)

 


※CRAZYは一緒に働く仲間を求めています

編集:水田 真綾(@maya_mip
写真:小野 瑞季(@miijukii

伊勢真穂
Maho Ise

リンクアンドモチベーションにおける約8年間の組織人事コンサルティング経験を経て、フリーランスとして活動中。組織変革の知識と現場経験を豊富に持つため、HR領域における取材依頼が多い。「Forbes JAPAN」や「HR2048」といったビジネス系メディアでの執筆を行う。

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