2017.12.17

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【前編】価値観を大きく揺るがす体験を経て、4人のクリエイターは今ここに立っている。

CCA(クレイジークリエイティブエージェンシー)」とは、株式会社CRAZYよりローンチされた、「変革に寄与する」をキーワードに法人向けのクリエイティブサービスだ。CCAのクリエイティブディレクター林が、気のおけない仲間を迎えて「新しい時代のものづくり」について本音で語り合うイベントの第2弾をレポートする。「クリエイターとしての現在地はいかにつくられたのか」。それぞれのターニングポイントが語られた、前編。

第1弾はこちら

イベント実施日
2017年11月20日(月)

登壇者
モデレーター
林 隆三(Ryuzo Hayashi)CRAZY CREATIVE AGENCY/クリエイティブディレクター

長谷川 彰良氏(Akira Hasegawa)モデリスト・デザイナー・ブロガー・ビンテージコレクター
中村 真広氏(Masahiro Nakamura)株式会社ツクルバ 代表取締役 CCO/エグゼクティブ・プロデューサー
伊藤 祐春 氏(Sukeharu Ito)チームラボ/ デザイナー


クリエイティブディレクター、デザイナー、経営者、ビンテージコレクターが集った、一夜限りの特別な時間。

林隆三(以下、林):9月25日にクレイジークリエイティブエージェンシー(CCA)という事業をローンチしまして、お披露目の意味も兼ねてイベントを実施しました。ご好評いただいて、定期開催していきたいなと思っていまして、今日は第2弾です。CCAは、法人向けにクリエイティブサービスを行う事業で、「変革に寄与する」というミッションを掲げています。

CCAが大事にしているのは、体感値です。クリエイティブを通して、変革を体感してもらう。変革を機に企業が成長する。企業の健全な成長が、より良い社会にしていくことを考えています。また、社会的価値のあるクリエイティブが、ものづくりそのものの価値を上げます。そして、作り手の存在意義が明確になり、クリエイティビティが高まるという循環が生まれると思っています。

自己紹介として、CCAで手掛けた事例をご紹介したいと思います。事前にご紹介していたのは、新宿のNEWoMAN1周年プロモーションのプロデュースです。これは、今年一番大きな仕事だったかなと思います。それから、企業イベントのプロデュースもやっています。

CCAがプロデュースした、とある企業の10周年イベント。「FLASH LIFE」というコンセプトのもと、全社員がスポットライトを浴びるように、全員が主役で意思と覚悟をを持って挑める組織のあり方を、非日常的な世界観と演出のイベント空間を通して、体感しもらいました。クリエイティブにコンサルを加えた手段で、企業の変革に寄与すること。これが、CCAの事業です。企業やブランド、業界・自治体・地域の変革、「ここ一番」!というときに、クリエイティブを使ってアプローチしたいということがあれば、ぜひご相談ください。

そして、いよいよ今日のイベントですが、3名のゲストに来ていただいていますので、自己紹介からスタートしていきましょう。

伊藤祐春氏(以下、伊藤氏):代表の猪子(チームラボ代表:猪子寿之氏)や、デジタルアート作品を通じてご存知の方もいらっしゃると思いますが、チームラボで、デザイナーとして働いています、伊藤です。仕事もデザインもクライアントワークが中心ですが、例えばJR東日本ウォータービジネス様の自動販売機プロダクト「acure」の次世代機プロジェクトにて、サイネージ画面のデザイン・設計を手がけています。

次世代機ならではの新体験は専用アプリを絡めることで実現させるので、筐体自体は「飲み物を買う」という本来の目的を改めてシンプルに訴求するよう、とにかく不要な機能やデザインをとことんそぎ落としました。なので実際は、「モノ」より「コト」について考え詰めたプロジェクトだったと思います。

中村真広氏(以下、中村氏)株式会社ツクルバという会社の代表をしています。2011年に「co-ba(コーバ)」という会員制のコワーキングスペースを渋谷で始めたことから、会社の歴史がスタートしました。2年半前くらいから、リノベーション住宅のオンラインプラットフォーム「cowcamo(カウカモ)」というサービスも始めて、2016年にはグッドデザイン賞もいただきました。あとは、オフィスの空間デザインや施設のプロデュースなど、空間プロデュース事業を行っています。こちらの日本交通さんのオフィスデザインも担当させていただきました。建築と不動産とテクノロジーを組み合わせながら事業を展開していることが、ツクルバの特徴です。

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長谷川彰良氏(以下、長谷川氏):僕は、紳士服をつくっています。今日着ているスーツや シャツ、ネクタイも全て自分で設計図を引いて、縫ってつくりました。今夜は、服づくりの話しではなく「ビンテージコレクター」としての顔をメインに話したいと思います。約1年前に独立をして、初めに「半・分解展」という個展を全国でやりました。 フランス革命時代の希少な衣服を博物館から買い取って、昆虫の標本みたいにバラして展示 するというものです。

1,000円の入場料を頂き、2週間の開催で1,400名以上の方が来場してくださいました。個展終了後には、美術館や大学・企業からセミナーの依頼が来るようになり、衣服の文化や歴史を伝えてきました。10月にはNHKのドキュメンタ リー番組「U29-人生デザイン」にも取り上げていただきました。

現在のクリエイションにつながる、4人それぞれの、大いなるターニングポイント。

:実は先週4人で飲んだんですよね、今日の決起会として。

中村氏:色んなキーワード出たよね。解散した後、みんながおぼろげに、振り返りがてらメッセンジャーでつぶやき始めて。単語ばっかりだったけど(笑)。

:ちゃんとした話はしてたよ(笑)。例えば、「ターニングポイントは?」。

中村氏:そうだ、したね。「3.11」をきっかけにして、自分の創作活動とこれからの人生を変えていこうと思った話。僕は、3.11の1ヶ月前くらいに、仲間と一緒に小さなカフェをつくったんです。ミュージアムをつくるプロデュースの仕事をやりながら。震災直後は、都内でも帰宅困難者がいたから、カフェを解放したのですが。被災地のためにも何かやりたいと仲間とミーティングをしていたときに、実は肺気胸という肺に穴が開く病気が発覚して緊急入院することになったんですよ。

病院で管をつながれながら余震を感じて、東京もいつどうなるか分からない状況だからこそ、本当にやりたいことをやろうと思って、会社を辞めました。ミュージアムデザインはとても大きなプロジェクトで、ともすれば、来場者である子どもたちの顔が見えにくく、代理店のためのクリエイションになってしまいがちなところもあって。でもカフェでは目の前のお客さんに直接関われる。その両極端なプロジェクトを同時に経験したから余計に、目の前の人に関わりたいという気持ちが固まったのかもしれない。

:覚悟を決めたという感じですね。はせくんは?

長谷川氏:僕は学生時代に出会った1着の古着がターニングポイントです。 その古着が今日、展示している1900年代のフランスの消防服なんですけど、当時の僕には 言葉にできない魅力を感じたんです。その惹きつけられる魅力が、一体何者なのかを知りたくて、買ったその日の夜に分解してみた。そうしたら、自然と涙が出てきたんです。

消防服なんて、言ってしまえばただの作業服じゃないですか。ところが、この100年前の消防服を分解して裏側を見てみると、僕が学んできた手作業のオーダーメイドスーツと同じつくりだったんです。こんな服がこの世に存在するのかと衝撃を受け、古い服の研究と収集を始めました。そうして、半・分解展という活動に繋がっていきました。

:僕も実際に見るのははじめてで、楽しみにしていたから、今日はとても嬉しいです。

伊藤氏:僕のターニングポイントは、また3.11に戻ります。僕はもともとグラフィックデザインからスタートしたんですけど、時代の流れもあってウェブもやっていて。ただ、どちらかというと広告寄りで、物事を綺麗に見せる仕事がミッションだったんです。そんな中で3.11が起きて。

覚えている方もいらっしゃるかもしれないですが、震災直後って、エンジニアが有志を募って色んな活動をしていたんですね。例えば、企業ではヤフーさんが早かったですよね。電力情報とかボランティア支援の情報を提供したりして。

インターネットを使って直接行動を起こせたのはエンジニアだったんですよ。それを見ていて、デザイナーである自分は、蚊帳の外にいる気がしたんです。デザインの仕事は1を100にも1000にも1万にもできる仕事として価値がある。でも0が1にならなければ、いつまでたっても0だよね、と。0を1にする仕事は他にもたくさんあるけど、今の時代は圧倒的にエンジニアだと思った。

でも僕もエンジニアをやるのかといったら、それは違うなと。エンジニアが側にいてくれればいいと思うようになった。僕はエンジニアを必要としてるし、僕もデザイナーとして必要とされたい。そう考えている頃に、チームラボとの縁があったんです。チームラボは、メンバーの7割がエンジニアですが、インハウス(企業内)でデザイナーがいるんです。会議でもslackでも、僕の知らない言語が飛び交うけど、疎外感を感じるのではなくて、頼りになる人がたくさんいるなと思えるようになったんです。

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:僕は3.11のときはミュージックビデオをつくる仕事をやってたんですよ。震災と同時に完全に仕事が止まったことを覚えています。有事のときって、エンターテインメントは優先順位低いじゃないですか。でも、エンターテインメントの人たちは、みんな強い想いがあって。「今だからこそエンターメイントだろう」と言っていた。監督やアーティスト、皆さんが頑張っている姿に励まされました。

その直後に、CRAZYに入社したんです。もともと、誰かと一緒に仕事をやるよりも一人でやりたいというビジョンがあったけど、突き詰めると、誰かと一緒にやって、力を出し合って存在価値を高め合うというのは、あるべき姿だよなと思うようになったりして。CRAZYと出会って考え方が変わりましたよね。

<後編はこちら

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◉取材を終えて
価値観を揺るがすほどの経験がターニングポイントになる。それは、自分の人生に限りがあると感じざるを得ない出来事かもしれないし、自分の中にある大切な核の部分に触れるような体験かもしれません。4人がそれぞれにその経験を経て、自分の道を進んでいるからこそ、アプローチの違いがあっても、認め合える同志としての思いが根底にあるのだと感じました。
自分の道とは、小さい頃からずっと好きだったことそのものかもしれないし、与えられた仕事の積み重ねの中から見えてくることかもしれない。誰しも必ず、自分だけの道を、すでに自分の人生に内包しているのだと思います。


※CRAZYは一緒に働く仲間を探しています

編集:水田 真綾 写真:小澤 彩聖 Share Tweet

伊勢真穂MAHO ISE

リンクアンドモチベーションにおける約8年間の組織人事コンサルティング経験を経て、フリーランスとして活動中。組織変革の知識と現場経験を豊富に持つため、HR領域における取材依頼が多い。「Forbes JAPAN」や「HR2048」といったビジネス系メディアでの執筆を行う。WRITER’S ARTICLES


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