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順調にみえた日々に潜んだ「葛藤」。 『情熱大陸』出演後の無期限休業から復帰した、山川咲の今とは -SAKI LABレポート-

彼女のことをどれくらい知っているだろう。可愛らしい彼女が、まさか大声で叫んで怒って現場を走り回っている姿なんて、多くの人は想像もつかないかもしれない。「成果思考で厳しく妥協がない性格」だと本人が自己紹介するように、シビアな姿を知っている人はきっとほんの一握り。もしかすると人は思っている以上に、誰かのことも、自分のことも知らないのかもしれない。


大学卒業後、ベンチャーのコンサルティング会社へ入社。5年間の社会人生活にピリオドを打ち、退職後一人オーストラリアへ。帰国後、「意志をもって生きる人を増やしたい」との想いを実現すべく、業界で不可能と言われ続けたオリジナルウェディングのブランド・CRAZY WEDDING を立ち上げ、たった1年で人気ブランドに成長させる。
2016年には事業を退き、次のステージを志す。毎日放送「情熱大陸」に出演。著書『幸せをつくるシゴト』(講談社)

 

SAKI LABとは山川咲の今を徹底解剖するラボラトリーだ。


2016年は山川咲にとって人生が変わる大きな1年だった。創業期から夢として掲げていた情熱大陸への出演が叶った一方、誰よりも愛し続けたCRAZY WEDDINGからの卒業を決断。新たな人生を切り拓くため数ヶ月の休業期間を設けた。


立ち止まった山川が辿り着いた今とは。

 

空間・隙間・間を提供する


「今この情報化社会で色々なことを学べる中で、なんでみなさんはお金をかけてここにくるんだろう? と何度も考えたんです。きっと多くの人が、日々考えることも、悩んで落ち込むことすらもできないくらい忙しい中で生きていて。だから何もない空間でぼーっと考え事をするような空間、隙間、間(ま)のようなのを私は提供しようと。今日はみなさんがいつもとは違う深さで考えることができる場になったらいいなと思っています」


今日の意図が参加者に伝えられてスタートしたSAKI LAB。今回参加対象者は「自らの人生について研究したい人」と限定していた。それはこの会自体が山川が今見ているもの、感じているもの、考えていることに触れることで、参加者自身が “ いつもとは違う深さで ” 自分と向き合うことをゴールにおいていたからだ。これまでCRAZY WEDDINGという完全オーダーメイドの結婚式をつくるにあたって、参列者様に結婚式を「体験」として持って帰ってもらえるよう設計してきた山川。だからこそSAKI LABも通常の講演会とは違い、参加者自身が他者との関わりを通じて、自己認知を高める「体験」を持って帰ってもらえるようにしている。それこそがSAKI LABならではの醍醐味なのだ。


10代の若者から40代の経営者まで幅広い人が参加し、年齢性別関係なく自分をさらけ出して人生の棚卸しをした。ちょっとマニアックなイベントとも言えるかもしれないSAKI LABだが、毎回ありがたいことに満員御礼だ。

「私ね、『笑顔が優しくて、ニコニコして、怒ることなんてなさそうだね 』って言われるんですけど、いつも怒号のように怒っていて。この前、後輩にムカつきすぎて平手打ちしちゃったくらい(笑)」


参加者に驚かれることのないよう、率直すぎる特徴をあらかじめ伝える山川に、見ていた社員は思わず微笑む。そう、笑顔が可愛いとよく言われている山川だが、本当はとても厳しく男気溢れる一面をもっていることを知っているからだ。


綺麗事じゃない。反骨心とクリティカルな視点を。


「私、仕事に真剣なんです。“ こうしたい ” と思うと全力投球。なので今日も『え、そんなに言うの?』と思うかもしれないんですけど、それが私なんで、ぜひ楽しんでいただければと思います」


結婚式の現場では、山川のインカム*1がよく飛び交う。それもイメージするような報連相ではない。「おい、走れ! 」という叫び声や「それ具体的に何分で終わるか、報告して」とキレ気味の声。メンバーはそれに圧倒されながらも、大急ぎで走り回ってなんとか良い結婚式を創ろうと気持ちにカツをいれる。山川が、新郎新婦と参列者様のために本気だからこそだとわかっているから。


ただ、どれほど怖いかといったら、入社2年目の私の先輩・藤原(通称:やまちゃん)は、山川とのMTGの時間が近づくと怖くて表情筋がこわばっていることがあるくらい。同様に同じ症状を患っている男性がちらほら存在していて、山川の気迫は男性すら尻込みさせるものだ。

 

CRAZY4周年パーティ「BEYOND」は日本橋にある廃墟のビル1棟を貸し切って開催した。利用事例のない廃墟ビルを会場に選んできた山川に、社内は騒然とするも「こんなところでやらないだろう」という挑戦だからこそむしろメンバーはゾクゾクし、盛り上がった。

これまでの山川の人生の中で、何がCRAZY WEDDINGをつくったのだろうか。多くの人は夢とか向上心とか純粋さなんじゃないかなと思うかもしれない。けれどそういう綺麗事じゃないと山川はハッキリした声で話した。


CRAZY WEDDINGをつくってきたものは私の人生の葛藤であり、『絶対負けるか』という反骨心。そしてクリティカルな視点と絶対に諦めないという執着。夢を叶えるってそういうことで、単純な話じゃないと思うんです。すごい泥臭いことをたくさんして初めて、手に入れられるものじゃないかな」


夢を追い求める姿勢がメディアに度々取り上げられる山川だけれど、本当はとてもとてもリアリストの一面に、会場は驚いた様子。


CRAZY WEDDINGを卒業する際に開催した【山川咲、最後の授業】というイベントではこんな言葉を残している。


“ 夢を持つということは、未来から見た途方もなく小さな自分を受け入れ、地道に努力をするという覚悟  ”

 

どこから見ても自分の道をまっしぐらにキラキラと走る山川。2016年には情熱大陸にも出演し、夢を叶えて順調に進んでいるようだった。


でも実際は、違っていた。

 

 

気づけば、会社に出社できない状態に


情熱大陸放送後、新規事業にのめり込むもうまくいかない日々。有名になっていく自分の像と、実際の自分の乖離を感じ、募っていく焦り。ベッドの上で頭を抱え泣き続ける1日もあったという。


「ちやほやされる自分とは全然違う、イケてない状況をどうすることもできなくて、自分を取り繕うような日々が続いていたと思うんですね。自分の意志で生きているという自負があった人生から、いつのまにか、すごい未来を作らなきゃ、すごい会社を作らなきゃと焦る自分がいました。もう少し私が頑張って我慢をしたら、と無理を重ねて…そんな毎日に私はがらんどうになっていくような虚無感を覚えたのです。そしてついに、今日外に出たら、会社に行ったら、自分を偽ったら、私はもう一生自分を取り戻せないんじゃないかと思う朝がきたんです」


その後山川は、無期限での休みを決断。

 

 

人生は失い続けるもの でも何度も手繰り寄せるもの


「秋田の実家に帰ったり、海外を旅したりするなかで、もう一度自分と向き合う時間を取った。そして大切なことに気づいた」と、数十名の参加者を前に、時に涙を流しつつも力強く話す姿に息を飲んでしまいそうになる。だって、復帰からまだ3ヶ月も経っていない。


「改めて私は思ったんです。人生はこうやって何度も失い続けるものなんだ、そして何度も何度も何度も手繰り寄せるもんなんだと。失わずに温存できる人生なんてない。だから、それを恐れるのではなく、日々の中で失うこの人生に気づくたび、毎回立ち止まって考え直しながら、生きていくんだって」

 

CRAZY WEDDINGのプロデューサーであるオアは山川のことをこう語った。

 

「今日見て感じてもらっている通り、山川にはここぞというときに発揮するすごいリーダーシップがあって、そこに惹かれているところもある。でも私が一緒に生きていきたいと思ったのは、失敗したりつまづいたりしても、絶対にこれだけは諦めないってことを貫いている彼女の生き方があるから」


どんなに厳しいことを言われても、表情筋がこわばってしまうくらい怖いと感じても、山川に共感し、ついていきたいと思うのは本当にこれだなと思った。自分の人生に、貪欲なまでに諦めない生き方。



SAKI LABに参加するたびに、山川に触れるたびに、いつも「自分の人生を本気で生きてる?」と問われているような気持ちになる。山川咲という1人の人生があまりに真っ直ぐすぎて、つられて誤魔化せなくなって、本当の気持ちがむき出しになるかのよう。

 

でも、私はまだまだ、彼女を知っているようできっと知らない。


だって、彼女自身が人一倍速いスピードで、変化していく人間だから。


リアルな毎日を生きている限り人間は、
一生涯、知っているようで、知らないんだと思う。

誰かのことも、自分のことも。

 

だからこそ、人生の研究は、これからも続いていく。


 

インカム*1

スタッフへの一斉指令の際に使う構内電話。結婚式やイベント現場で毎回使用している。


      

水田 真綾
Maya Mizuta

『CRAZY MAGAZINE』を立ち上げ、執筆・編集共に行っている。学生時代は人の世界観を形作る「メンタルモデル」に興味を持ち、「学習する組織」や「U理論」を学んで団体を創設、イベントを多数開催。趣味は、星を見て風を感じて森でお散歩をすること。愛読書はエーリッヒ・フロムの「愛するということ」。

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