「起業の道」を捨て「CRAZYの経営者」へ。 10年越しの葛藤を経て、僕がCRAZYの取締役になった理由 | CRAZY MAGAZINE | 株式会社CRAZY(株式会社クレイジー) | CRAZY,Inc.

2026.03.04

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「起業の道」を捨て「CRAZYの経営者」へ。 10年越しの葛藤を経て、僕がCRAZYの取締役になった理由

2026年3月1日、CRAZYの新たな取締役COO(最高執行責任者)に、吉田勇佑が就任します。

吉田がCRAZYに入社したのは、今から12年前の2014年。自身がCRAZY WEDDINGで結婚式を挙げたことがきっかけでした。そこから人事責任者、IWAI OMOTESANDOの支配人、婚礼事業全体の統括を歴任し、10年以上にわたってCRAZYと共に歩んできた吉田。

そんな吉田がなぜ今、自ら「経営者としてCRAZYを背負いたい」と代表の森山に伝えたのか。その決断の背景にある想いを聞きました。

代表森山に「CRAZYのトップになりたい」と伝えた

─今回の取締役就任は、吉田さん自らの意思表明がきっかけだったと聞いています。

吉田:はい。今年の1月7日、初詣の帰りに代表の森山を誘って、カフェで2時間ほど話しました。「僕は今年から、CRAZYのトップになるつもりで働きます」と。

─それはかなり大きな宣言ですね。

吉田:そうですね。ただ、突然そう思い立ったわけではないんです。CRAZYで11年以上働く中で、2、3年に一度は、CRAZYから離れる選択も考えていました。

最終的にこの決断に至ったのかは、僕の原点からつながっているので、そこからお話しさせてください。

「世界平和」を実現するには、人と人との関係性から変える必要がある

─吉田さんの原点とはどんなものなのか教えてください。

吉田:僕には、尊敬する祖父がいました。東京大空襲も目の前で見て、徴兵もされていた祖父。戦後は製造業の会社を興した経営者で、いつも戦争時のエピソードや復興に向けて経営者としての歩みを聞いて育ちました。

そうした祖父の話の中で「世界平和」という言葉を受け取り、小さい頃からそれを自然と自分の軸にして歩んできました。「世界平和」はいつしか自分の使命のようなものになっていったんです。

人と人が手を取り合ったり、愛を感じ合いながら生きていける社会って、どう作れるんだろう。ぼんやりとですが、10歳くらいからずっとそんなことを考えていました。

入院生活中の祖父。人生の最期まで戦争当時のことを語り続けてくれた

その後、大学生時代は途上国支援や東日本大震災後の復興支援などの社会貢献活動を経て、たどり着いたのが、教育の領域です。

「世界平和」を実現するには、人と人との関係性そのものを変えていく必要がある。そのために、これから成長していく子どもたちにアプローチする教育ビジネスをいつか立ち上げたいと考えていました。

CRAZYと出会ったのは、そんなタイミングでした。

─CRAZYとは、どのようにして出会ったのでしょうか。

吉田:大学時代の後輩で、新卒でCRAZYに入社した人がいたんです。自分が結婚したときに、その後輩経由でCRAZY WEDDINGのブライダルフェアに参加して。そこで聞いた説明が、これまでの結婚式のイメージとは全然違うもので、「なんて面白い結婚式を提供しているんだろう」「ここで挙げたい!」と即決しました。

CRAZY WEDDING で結婚式を挙げた日

─実際に式を挙げて、どう感じましたか。

吉田:良い意味で「この会社は、結婚式の会社じゃない」と思いました。経営理念に「style for Earth」を掲げていて、社会貢献とビジネスの統合に本気で向き合い、その手段として結婚式を選んでいる。僕が理想とする世界と、CRAZYの方向性が重なっていると感じたんです。

そしてここなら、いつか僕が理想とする教育ビジネスを立ち上げられるかもしれない、と。CRAZY WEDDINGならぬ、CRAZY SCHOOLも立ち上げられるのではと考えたりもしました。

それまで転職は1%も想像していませんでしたが、運命的なものを感じてCRAZYへの入社を決意しました。

─入社してからは、どんな日々でしたか。

吉田:当時のCRAZYは急成長フェーズ。「会社を共につくっていく仲間を探してほしい」と期待を受け、人事未経験の中一人目の人事として入社しました。それからは、全社合宿を企画したり、人事制度をリニューアルしたり。採用では、新卒から中途まで年間1,000人近い方と面談していましたね。

その中で感じたのは、人の価値観や人生観の形成には「家族」が大きく影響しているということ。次第に「理想を叶えるためにすべきなのは、子どもへのアプローチではなく、家族の関係性そのものなのでは」と思うようになりました。

─教育への関心が「家族」に向かっていったんですね

吉田:はい。実は、それをテーマに事業を立ち上げたいと思って、いろんな経営者の先輩方に壁打ちさせていただきました。でも、話しているうちに「結婚式って、まさに家族が始まる瞬間じゃないか」と改めて気づいたんですよね。

特に、CRAZY WEDDINGが提供している結婚式では、家族の関係性は確実によくなる。世界平和につながるものだという確信が深まり、IWAI OMOTESANDOの支配人、そしてCRAZY WEDDING全体の事業責任者を担わせてもらいました。

ただ、一方で「いつかここを離れるかもしれない」という気持ちも残っていました。

99%の覚悟と、1%の逃げ道があった

─CRAZYに強く共感する一方で「いつかここを離れるかもしれない」と思っていたのはなぜなのでしょうか。

吉田:CRAZYの事業もカルチャーも仲間も、心から信じているのは間違いありません。ただ、僕を昔から知っている友人や知人からは、会うたびに「で、ゆうすけはいつ起業するの?」と聞かれるんです。

「世界平和」という使命を受け継いだ経営者の祖父の影響もあり、自分もいつか起業するんだと思っていたので、そのたびに、真剣に人生に向き合い直していました。

特に悩んだのが、CRAZY WEDDINGの事業責任者をしていた2022年。第二子の誕生をきっかけに、執行役員ながら100日の育休を取ったんですよ。育休から復帰した時「自分がいなくてもCRAZYは回っていくな」って思いまして。

100日育休中の娘との1枚

そこには、CRAZYの仕組みや事業基盤が整ってきていたからとか、仲間が優秀だからとか、いろんなポジティブな理由があります。組織としてすごく良いことなのも、分かっているんです。

それでも、自分がいなくても回るなら、自分が命をかけるべきことではないんじゃないか。全力でコミットすべきことは、他にあるんじゃないかと思って。

CRAZYを離れて起業するタイミングが来たのかもしれない。そう思って、経営陣にも「1、2年でCRAZYを辞めるかもしれません」と伝えたこともあります。実際に、起業の準備をしようと思って、起業支援のプログラムに応募して、通過したこともあるんですよ。

─起業するチャンスは、これまでにあったのですね。

吉田:はい。でも、そのたびに「やっぱり、まだCRAZYで頑張りたい」と思うんです。そんなサイクルを、2〜3年に一度、繰り返してきたんですよね。

振り返れば、人事から支配人になった時も、事業責任者になった時も、新規事業に注力するようになった時も。キャリアの節目ごとに葛藤して、問い直して、そのたびにCRAZYに”入社し直す”ような感覚でやってきました。

でも、正直に言えば、100%人生をかけているかと言われると、そうじゃなかった。心のどこかに1%だけ、逃げ道を残していたんです。

もちろん、その時々は120%といえるぐらい全力なんですけど、ふとした瞬間に心のどこかに1%だけ「いつか起業するかもしれない」「僕以外にもCRAZYは経営できる」という選択肢があって。

水に例えるなら、グツグツと沸騰はしているんだけど、「いつまで沸騰させ続ける?」とタイミングを見極めているというか。それくらい、1%の差って今思うとすごく大きいんですよね。

ここでトップになりたいと伝えないと、後悔する

─そこから取締役就任に至るきっかけは、なんだったのでしょうか?

吉田:昨年の11月に、1つの節目がありました。6年半務めたCRAZY WEDDING事業責任者から、新規事業・採用の責任者に役割を移すにあたって、社内外の方を招いて「引退式」を行ったんです。その場で今後の自分の決意を語りました。

それを見てくれた人たちの反応が、それまでとは明らかに変わったんです。

─どう変わったのですか。

吉田:それまでは「ゆうすけ、いつまでCRAZYにいるの?」「そろそろ起業しなよ」という声が多かった。それが「実際にCRAZYの代表にならないの?」「ここまで来たら、トップやるべきでしょ」に変わっていったんです。社内からも、社外からも。

そして12月末、親しい友人にこう言われたんです。「いつかの未来じゃなくて、今代表として挑むべきでは?」と。僕的には「どっちか選べよ、そろそろ」と大きく背中を押してもらっているように感じました。

2025年11月に行った「引退式」でのプレゼンテーション

─どっちか、というのは。

吉田:CRAZYのトップとしてやり切るか、自分で別の道を歩むか。

もっというと、CRAZYの代表に挑戦するなら今だし、もしそうは思えないのなら別にコミットすべきことがあるはずだって。ついに、その二択を突きつけられた感覚でした。

そこからの約1週間は、どうするかずっと考え続けました。考えつつも、直感的には「いずれかはCRAZYのトップになりたい」と思っていることに気づいて。

だからまずは「30代のうちに、代表を担いたい。そのためにまずは、共に経営を担わせてほしい」と森山に伝えよう、と決めました。

一方で、それを代表の森山に伝えることは「近い将来、あなたは代表を退いてください」と言うことと同じではないか、とも葛藤しました。25歳でCRAZYに入社してからずっと、森山は尊敬する経営者だったので。そんな人にこの思いをぶつけるのは、正直、かなり勇気が要ることでした。

人事時代、森山と共に作り上げたイベント「TOP LIVE」

─それでも伝えようと思ったのは、どうしてでしょう。

吉田:悩みに悩んだ結果「自分がトップに立つことは、森山のポジションを奪うことじゃない。むしろ、森山をもっと世界に解放するために必要なことなんだ」と思ったんです。

森山って、哲学や世界観を語らせたら本当にすごい人なんです。でも今は責任範囲がかなり広いから、どうしても時間の制約がある。僕が森山の背負っているものを引き受けることで、より広い世界からインスピレーションを得たり、中長期の構想を練ったり、新たなブランドを考えたりする時間が生まれる。それはCRAZYにとっても、社会にとってもプラスになるはずだ、と。

そう気づいた時に思ったんです。「ここで言わないと、後悔する」と。そして1月7日、一緒に初詣に行った帰りにカフェに誘って、2時間かけて思いを伝えました。

─森山さんは、どう受け止めたのでしょうか。

吉田:全てをまっすぐに受け止めてくれました。その上で「今のゆうすけには、社長になっていく資質や器が十分にあると思うよ」と伝えてくれたんです。

正直なところ「まだまだ成長の余白が大きいよね」という反応もあり得ると想定していて。だからこそ、森山の言葉に驚きもありましたが、純粋に嬉しかったです。そして、あわせて森山の本音も聞けたことがとても良かったと思っています。

─どのような本音だったのでしょうか。

 吉田:「ゆうすけが社長になる未来は想像がつくし、すごくいいと思う。ただ、僕自身の人生として、社長という役割の中でまだやりきりたいことがある。それをやりきらないと自分は何を成したんだろうと思ってしまうから」と話してくれました。

─森山さんのその言葉を聞いて、どう感じましたか?

吉田:自分の立場に置き換えてみても「そりゃそうだよな」と、すごく腑に落ちました。僕としても、森山がもう一つ上のステージでやりきるための景色を、一緒につくっていきたいと思いました。

何より、お互いの本音を真正面からぶつけ合えたことで、役職以上に、森山との人としての関係性が一段深まったと感じています。

そこからは早かったですね。取締役の熊谷も交えて3人で対話を重ね、数週間後には森山から「取締役COOはどうか」と正式な提案がありました。

直近で事業戦略をアップデートしていたので、よりフィットする体制だとは思いましたが、会社の決算期でもないのに、このスピード感には驚きました

実際の体制としては、既存事業の執行はすべて僕が担い、森山はブランドや中長期の構想に集中する。熊谷はファイナンスと経営企画、そしてレストランなどの食事業の立ち上げに力を注ぐ。それぞれの強みが最大限に活きる、理想的な形だと感じました。

CRAZYがなかったら、CRAZYみたいな会社を起業していた

─「起業」という選択について、今はどう考えていますか?

吉田:ここまで話してきたとおり「自分はいつか起業するだろう」と思っていました。

でもそれは、夢を叶える手段であって目的じゃなかったと気づいたんですよね。僕がずっと実現したかったのは、祖父から受け継いだ「世界平和」を、愛とビジネスの力で形にすること。

その手段として起業が必要なら起業するし、別の道があるならそっちを選ぶ。

で、もし仮に自分がゼロから会社を作るとしたら、どんな会社を作るだろうと考えたら……結局、CRAZYみたいな会社を作っていたと思うんですよ。

それぐらい、僕の人生の目的とCRAZYのパーパスは重なっている。

だったら、心から信じられる仲間が100名いて、10年以上の実績がある場所でやる方が、自分の人生にとっても、社会にとっても、絶対に価値がある。自分の命をかけるならここだと心の底から思えたから、今は1%の迷いもないです。

昨年事業承継をした横浜マリンタワーのウェディング、レストラン事業のメンバーと共にはじめて全社員で集った日

ー最後に、そんな吉田さんが今後取り組みたいことを教えてください。

吉田:まずは、結婚式の価値をさらに高め、それをより多くの拠点へ広げていきたいと思っています。

ただCRAZYで僕が本当に届けたいのは、結婚式の“その先”。結婚式で終わらせないモデルです。

例えば、ふうふの記念日のための宿泊サービス「CRAZY ANNIVERSARY」。

結婚式は、家族の関係性が始まる”最初の一歩”です。そこから、家族になったふたりを取り巻く環境は、どんどん変化していきます。その変化に応じて、関係性を更新していかないといけない。しかし、それはとても難しいことです。その時期に寄り添ってこそ、本当の意味で人と人との関係性そのものを取り扱っていると言えると思っています。

ふうふの記念日のための宿泊サービス「CRAZY ANNIVERSARY」

そしてもう一つ、CRAZYの純度の高い組織カルチャーを世の中に輸出していくことで、世界を良くしていきたい。自社で積み重ねてきた組織づくりのノウハウを、他の企業に届けることで、会社と社員の間にある”愛ある関係性”を育むお手伝いをしたいと思っています。

家族、会社の仲間、社会。いろんな場所で人が愛を受け取り、また誰かに渡していく。その循環が広がっていった先に、僕が目指している「世界平和」があると信じています。

その未来に向けて、仲間と共に本気で挑みたいと思います。

企画・編集:浅田有貴
執筆:仲奈々
撮影(一部):kuppograpy
デザイン:宮川 雄気


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