結婚式が教えてくれた「あなたの」人生で一番大切なこと

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今回のご担当は、2017年9月に千葉で結婚式を挙げられた友好さん、素子さん。新婦の素子さんは自身の結婚式を経て、株式会社CRAZYに転職し、CRAZY WEDDINGでプロデューサーを経験し、現在はIWAI OMOTESANDOのプロデューサーを担っています。結婚式のプロセス、当日を通して変化したことを赤裸々に語っていただいています。

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お二人のプロフィール

穏やかで愛情深い友好さんと、明るくハツラツとした素子さん。同じ職場の同僚として出会い、お付き合いスタート。愛情をまっすぐ言葉にしてくれる友好さんに戸惑いながらも、受け取っていけるようになったという。お互いの一番の理解者として支え合い応援し合うパートナーのようなお二人。

それでは、お二人にバトンをお渡ししたいと思います。宜しくお願い致します!(以下からはお二人からみた、そして感じたCRAZY WEDDINGとなります。) 

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目次

  1. -CRAZY WEDDINGとの出会い
  2. -直感・フィーリングがあれば十分
  3. -コンセプトがきまるまで
  4. -準備からはじまっている「人生が変わるほどの結婚式」
  5. -「始まりの日」になった結婚式当日
  6. -感想

-CRAZY WEDDINGとの出会い

大学生の頃、ふと目に止まったFaceBookの記事。そこにいたのは、おしゃれなスーツ着た新郎さんと、ウェディングドレスを着た新婦さん。二人は絵本の中のようなにぎやか空間で楽しそうに笑っていました。これが結婚式であるということにまず驚き、その次に湧いてきた感情は「結婚式をあげるならこういう結婚式がいいなあ」ということ。

当時大学生だった私は、結婚式というものに対して「正直、一生に一回、お姫様扱いされてみたい」欲を満たしてくれるチャンスぐらいにしか思っていませんでした。でも写真を見てはじめて「来てくれたひとが一緒に楽しめそう」と思ったのです。

そして、夫である彼と付き合いはじめたとき「いつか結婚式するなら、こういう楽しそうなのがいい」とCRAZY WEDDINGの写真を見せると「わあ!!素敵だね!!楽しそう!」と即座にCRAZY WEDDINGに電話をしてくれたことが始まりでした(まだプロポーズもされてない)


-直感・フィーリングがあれば十分

“解放的であること・みんなが思い思いに自由に過ごせること”

具体的なイメージはないけれど、この二つだけは結婚式で大事にしたい!と思っていました。会場提案をしてくれた畠山さんの口からこぼれた「リソル生命の森」。名前の壮大さと森というワードだけに反応し、直感でここ見に行きます!!と決めたのはいい思い出です。
こんな、もやあ〜としたイメージだけでドンピシャな会場を提案してくれる手腕に感動しました。かくして、縁もゆかりもない千葉の山奥での完全野外ウェディングづくりがスタートしたのです。

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-コンセプトがきまるまで


一番最初は担当プロデューサーの森さんによる人生のヒアリング。
これまでどんな人生を、誰と歩み、何を感じて来たのか。
一つ一つ記憶を辿りながらたくさん話して、たくさん聞いてもらいました。

人生のありとあらゆることを人に話すということは滅多にないと思います。たとえ家族やとても仲のいい友達だったとしても。
これまであったことを口にすればするほど、忘れていた気持ちやシーンが思い出されることはとても大きな発見でした。
そして、夫の話を横で聞いていて、意外とまだちゃんとこの人のことを知らなかったんだなあと・・。
夫婦をスタートするにあたりとても大事な時間だと思ったし、なにより人生の大切な1日を作ってくれる森さんが、自分たちのことを誰よりもも知ってくれているということが、何よりも心強く思えました。

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「いつ二人が出会ったかすら聞かないで、結婚式の準備を業務的にすすんでいく」と嘆く花嫁さんの話も聞いたことがあったので、CRAZY WEDDINGさんに決めて良かったという思いはここで確信に変わりました。

そして、その人生ヒアリングを経て出来上がった私たち夫婦のコンセプトがこちら

Celebration

君と味わう一瞬一瞬
すべてに胸が踊る

うつむいていた時も
何かを求めて必死だった時も
あったけれど
あなたの素晴らしさは
何も変わらなくて
ただ幸せになっていいと
許せる場所ができたのだと思う

人生にはきっと
無駄なことは1つもない

今こんなに感謝に
溢れる毎日に
ここまで来た自分に
拍手を贈ろう

もう迷わなくていい
遠慮なく一緒に
最高の幸せ者になろう

私たちから
頑張ってきた全てに贈る
心からのcelebration


Celebrationは「祝福」という意味で、結婚式を挙げるどの新郎新婦にも当てはまる言葉です。でもあえて、ここでこの言葉をコンセプトとして使用してくれた理由は、私たちの人生背景にありました。

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歩んで来た人生のさわりを話しただけで、どの人にも「よくここまで生きてこれたね」と言われるほど波乱万丈な人生を歩んで来た私たち。
これでもかというほど、波に揉まれ壁にぶち当たるたびに、私は自分に対する自信を無くし、友人をはじめ家族や夫の愛すら疑っている自分がいました。
どこかで疑っていれば、離れていかれてしまった時に傷は浅くて済む。
そう思っていたからです。
でもこのCelebrationというコンセプトは、
そんな人生を歩んで来た自分を「よくがんばったね」って祝福しよう。
これまでにあった全てのことがあってよかったって祝おう。

わたしたちも、心から貴方がここまで生きてくれてありがとうって、おめでとうと言うよ。
という想いが込められていました。
たしかに、ここまでの人生は本当に大変なことばっかりだったけど、そのうちの一つでも欠けていたら、これまでにないほど全力で私の存在を肯定してくれる夫には出会えなかったということに気づいたのです。

その時初めて、ここまで歩んで来た自分の人生を「素晴らしい人生だった」のかもしれないと思い始め、それが確信に変わっていくことを、結婚式を迎えるまでの準備と結婚式当日でじっくりと味わいました。


-準備からはじまっている「人生が変わるほどの結婚式」

招待状やリングピロー、メニューやプロフィールなど作れるものは自分たちで頑張りました。

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夫はとっても協力的で、私の苦手な細かい作業を一手に引き受けてくれました。この時、夫婦の得意分野が自然と役割分担される習慣ができたと思います。笑

そういった面でも結婚式は準備期間も含めとても大切な時間だったのですが、一番記憶に残っているのは父との対峙でした。
プロデューサーの森さんが提案してくれたコンテンツにの一つに
「お父様からお母様へ子育てありがとうのメッセージをおくりませんか?」
というものがありました。
その提案を受けた時「絶対無理だ」と思いました。
父とは大きな確執があり、私は父を“父親”とは思えずにいたのです。
手始めに父を母づてに結婚式に誘ってみるも「用があるから行かない」との返答。
“やっぱりか”と思いつつ、意外だったのは、その言葉を思い出すほどに涙が出てくることでした。その時はじめて“ああ、寂しかったんだ”ということに気づきました。

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無関心だったり、あまりの破天荒さに怒ったり、呆れたりしていたけど、その奥にあったのは“お父さんに愛されなくて寂しい”という想い。
「自分の気持ちに素直になろう」父と娘に戻れる最後のチャンスだと思い、当日来て欲しいという想いを面と向かって伝えつづけました。
話すのも向き合うのも怖いという気持ちを乗り越えて、ぶつかり続けた結果、父は結婚式に来てくれることになりました。
でも、母にありがとうと伝えることについては決して首を縦には振ってくれませんでした。


-「始まりの日」になった結婚式当日

担当の森さん、アートディレクターの飛田さん、ずっと準備の伴走をしてくれていたコーディネーターの片田さんをはじめ、当日結婚式を作ってくれるスタッフさんやクリエイターさんが前日から会場に入って準備を進めてくれていました。

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私たち夫婦も前日から会場に入り、明日が楽しみ!とみんなと手に手を取り合いました。

1週間前の雨予報だったにも関わらず当日の朝は晴れ。
気持ちのいい緑の中で大切な人たちと自然体で過ごす1日を思うとワクワクしました。ずっと一緒に同じ想いでこの日を創って来てくれたメンバーに見守られながらのセットアップの時間もファーストミートも、今でも鮮明に思い出せるくらい楽しくて、そして感動的でした。

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結婚式を通して関われたスタッフやクリエイターさんとのご縁も、いまだに続く人生の大切な宝物です。
そしていよいよ待ちに待った会場ファーストミートの時間。
飛田さんが提案してくれた高砂のイメージはこんな感じ。

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正直、どんなものになるのか、まったく想像ができていませんでした。
リクエストしていたのは、みんながリラックスして過ごせるように、ピクニックやお花見のようにごろんと寝転べるデザインがいい!ということのみ。(それこそ無理難題ですが・・・)
ドキドキしながら森さんの声を聞いて今日までの日々を振り返り、目を開くとそこに広がっていたのは見たこともない景色でした。

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ゲストのみんなが来やすいように、そして一部だけが遠くならないようにと作られたオープンな360度の高砂。
高砂は豪華に飾り付けられたものではなく、ラフだけどとても可愛い花畑のような場所になっていました。
その向こうに森さんやみんながいて、隣の夫は涙を堪えていて・・・。
この光景は一生忘れられません。

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飛田さんのおかげで、夢に見ていた通りゲストはみんな悠々自適に過ごし、寝転んだり駆け回ったり。あまりの気持ちよさに昼寝するゲストまで出現して(笑)本当に素敵な1日になりました。

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そして、私の父もその例外ではありませんでした。
会場の朗らかさと心地よさに加え、
親族対応をしてくれていたキャスト(当日スタッフ)のみなみさんも、私の人生の背景をしっかりと理解してくれており、「父から母へのありがとう」のコンテンツにむけてうまい距離感と塩梅で気持ちをセットアップしてくれていたようなのです。

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パーティーの最後の最後、義父が義母に子育てありがとうの気持ちを込めたとても素敵な手紙を読み上げました。
そして私の父の番。
今までの経験から、このシーンであっても渡されたマイクを拒むのではないかと不安がよぎりました。
でも父はマイクを受け取り一言
「一言しかないんで・・・ありがとう。」

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涙を堪え顔を歪める父を見た時
「ちゃんと愛されていたんだ」とはじめて自分を認めてあげることができました。
素直に自分の本当の想いを伝えることは難しい。でも素直に伝えることから全てが始まる。
人は必ず誰かに愛されてきたから今を生きている。

結婚式を通して学んだことです。
この二つは今でも私の信念であり、生きる指標となっています。

-感想

「ゲスト一人にとって、この結婚式を忘れられない楽しい思い出の1日にしてもらうことが私たちなりの感謝の伝え方」


それを夫婦で呪文のように唱えてCRAZYのみなさんと一緒に結婚式を創って来ました。
嬉しいことに結婚式から2年以上たった今でも、友人や家族から「ほんとうに楽しい1日だった」「あのシーンがわすれられない」「人生で一番いい結婚式だった!」と言っていただけます。

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大切な人と一緒につくりあげた思い出は一生消えることはありません。
友人や家族だけでなく、カメラマンやヘアメイクさん、そして森さんをはじめとしたCRAZYのスタッフの皆さんは今では仲のいい友人であり、大切な仲間です。

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私が森さんにしてもらったように
「この人生でよかった!この人とと歩んでいくと決めてよかった!」
と二人が思えるような結婚式に導いていく側になろうと決めて、
私は結婚式の翌年、CRAZYWEDDINGプロデューサーとしての人生をスタートしました。(現在はIWAI OMOTESANDOのプロデューサー)

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この人生を歩んで来たからこそ伝えられることがある。
この人生だったからこそ大切にしているものがある。
それはプロデューサーに限らず、誰しもに言えることだと感じています。
「あなたが信じているものってなんだろう?」
「あなたが大切にしているものってなんだろう?」
その人生からしか生まれ得なかったものを見つけ出し、家族や子供やもっとその先にいる誰かへとつないでいく。
その始まりが、結婚式という大切な人生の節目
なのかもしれません。

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友好さん、素子さん素敵な記事本当にありがとうございました。

プロデューサーという第三者が関わることで、自分自身やパートナー、更には自分と一緒に生きてきた人たちのことをより深く知ることができる。そうすることで、自分自身でも気付かなかった感情にも出会ったり、それを経て関係性を更新していくこともできるかもしれない。これは面倒くさいことに見えるかもしれないが、だからこそ私たちは結婚式にも更には人生にも深みがでると思っています。全ての人の人生は素晴らしい。これからもそんなことを感じられる時間をつくり続けたいです。

コンセプト:Celebration / プロデューサー:森裕美


最後に、もし詳しくCRAZY WEDDINGのことを聞きたいという方がいらっしゃいましたら、是非ご気軽にお問い合わせくださいませ。

crazywedding.jp/contact

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