INTERVIEW

「小さな世界で苛立つ自分から決別したかった」——山川咲、CRAZYから離れ、独立

2020年3月、CRAZY WEDDINGの創設者・山川咲は役員を退任し独立いたしました。新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)の猛威による混乱の最中で発表の時期に悩みましたが、伝えさせてください。

改めまして、昨年夏から株式会社CRAZY(以下 CRAZY)の商品開発やマーケティングのパートナーとしてご一緒している阿座上(あざかみ)と申します。プロジェクトを進める中で、仕事だけでなく、友人として悩みも聞いてきた私がインタビューをする形で、彼女に独立にいたる本音を伺いました。

【プロフィール】山川 咲(やまかわ さき)
大学卒業後、人材教育系コンサルティング企業に5年間従事。人事責任者として数々のプロジェクトやイベントの立ち上げを経験する。自身の結婚式で感じたウェディング業界の「クレイジーさ」を火種に、28歳で完全オーダーメイドのCRAZY WEDDINGを創業。2016年には念願の「情熱大陸」に出演。その後、産休・育休を経て「IWAI OMOTESANDO」の立ち上げに携わる。著書に『幸せをつくるシゴト』(講談社)。

夢が叶った一方で、“身の丈”を知った

一自分がつくった会社から離れる決断、たくさん悩んだんじゃないかな…
改めて、咲ちゃんの独立の理由を聞きたいです。

実は、まだ明確な指針は定まっていなくて、この決断は感覚的な部分が大きいんです。今回、こうやって取材を受けて喋ることも正直プレッシャーというか…不安がある。それくらい大きくて複雑な決断だったから。

CRAZY WEDDINGを創業して、もう8年目。あざにい(インタビュアー:阿座上)が知っての通り、創業当初の私たちが作る、新郎新婦の人生を表現した結婚式は、はたから見たら“クレイジー”だったと思う。でも、いつかはそれが当たり前の選択肢になる日を夢見て、ここまで続けてきた。

今となってはいろんな結婚式のやり方が生まれて…業界の方からは嬉しいことに「CRAZY WEDDINGがあったからだよ」と言っていただけるまでに(笑)。創業当初の思いはひとつ果たせたのかな、と思うの。ただ一方で、自分の身の丈を知り、悩むことが日に日に増えていったかな。

一悩むこと?

創業4年目になる2016年以降、事業サイドから卒業して、経営に入るようになったのは一つの転機。ただ、これだと断言できる何かが独立の引き金になったわけではなく、色んな難しさが入り混じって、今感覚として突き動かされている感じなんだよね。

一なるほど…いろんな要素を含んでの決断、ということか。

そう、そう。言ってみれば、経営、事業、子育て、家族——本当に人生のあらゆること。分かりやすい話では、経営のプレッシャー。大切な誰かが辞めていく度に、私のせいだ、と自分を責めていたし、数字ばかり気にして山川咲らしさを失っていた。

それに、育児をしながら100%仕事ができない鬱憤や、みんなにアドバイスをしているだけで自分は全然成長していない、という焦り。色々あるけれど、総じて“世界を変えたいと思って起業したのに、このままでは世界を変えることはできない”と悟ったというか。

一夫婦経営だからこそ、の大変さもあったんじゃない?

そうだね。子育てが始まって、旦那の森ちゃん(CRAZY代表:森山和彦)との状況は変わったかな。会社で大変なことがあっても、以前なら家で「それでもこんな夢に向かってがんばろうよ」と話していたけど、子供がいると、常に戦場。一刻一刻変わる命を守ることの前で、自分たちの心を癒せるタイミングがなくなってしまった。もちろん、子供が大きな喜びを連れてきてくれているのは言わずもがな、なんだけどね。

目の前にある不自由さや葛藤を、森ちゃんのせいにして、よく私は苛立って。それでも一緒に進もうとしたのは、森ちゃんは私自身が否定し続けた山川咲の人生を、丸ごと光だと教えてくれた恩人だから。でも、そんな森ちゃんや周囲にもあたることがどんどん増えてなんかもう、小さな世界で怒り続ける自分と、決別したかったんだと思う。

ーもともと、ストイックというか完璧主義というか…。

自分でもそう思うよ、そのうえ気にしいなんだよね。千葉の片田舎で育って、周囲に受け入れてもらえなかった幼少期の記憶がとても強いから、ずっと周りの目を気にしてる。周囲の期待を勝手に受け取り、応えようとして、一人苦しんでしまう感じもずっとあったな。

二者択一ではないと気づき、私は「家族」を選んだ

仲の良い人に相談すると「自分だったら、離婚して、経営を続けるかな」という話をされて。確かにその選択肢もある、と。だから数ヶ月に渡って森ちゃんとは離婚を含め何度となく話し合ったの。でも、そこで思ったのは、私は“夫婦でなくなる選択肢を望んでいるわけではない”ということ。そして、CRAZYには申し訳ないけど、“会社よりも家族の方が大事だ”って。

ー自分にとって本当に大事なものに立ち返ったんだね。

もちろん、二つともそのまま私の人生だけど、特に今は家族を選ぶ時だ、とぽっかりそう思えた感覚。何もかもに全力で駆け抜けていられた昔と今は違うわけで、両方を必死に握りしめていなくてもいいと思ったの。私は創業者だから、二者択一というよりは、辞めたとしても、変わらずどちらも大切なものだと感じられる、って。

ー仲間にはどんな風に伝えた?

昨年末くらいから、ぽつりぽつりと相談を始めたかな。自分が立ち上げ、人生の全てをかけてきたこの場所を去ることが信じられなくて、怖くて、やっぱり正しくない気がして…でも、みんながくれたのは「咲さんに幸せでいてほしい」「いてくれるだけでいい」という言葉たち。

驚くほど、ただそう思ってくれるまっすぐな皆の存在に触れて、沁みたね。“この人たちとだから私は、意識的にではなく、いとも自然に、頑張れてこれたのだ”と分かったし、それほどかけがえのないものに、この人生で出会ったんだ、って。

それに、自分の人生を生きる人を増やすために創業したはずなのに、いつしか私自身が自分の人生を脇に置いて、走ってきてしまった。“意志を持って生きる人を増やしたい”——創業時に心に誓ったこの言葉を、今は自分に伝えるタイミングなんだ、と思う。1人の人間として、また私を始めること。自分の人生を、一点の曇りなく生きること。だから、一回会社からは退いて、自分を磨いていく。

ーそう思えたとき、独立という選択に行き着いたんだね…。

そう、自分で想定していない選択に驚いたし、楽になって、胸が高鳴った。考えに考えたあと、独立することで、私、森ちゃん、CRAZYの皆が立ち上がれる感覚があって、だからこそ良い選択だ、と今は思えているかな。会社から離れること、辞めることで、心が離れるわけではないし、ね。

今はもう5年や10年のスパンで、自分がもっと伸びることをしたい気持ちでいっぱい。もう一度、自由に羽ばたき、いろんな人生の楽しいこと苦しいこと、酸いも甘いも体験して、感じて、見てみたい。

やっぱり、目先の寂しさはあるけど、これを選べている自分が清々しいよ。今集中して自分を伸ばしていくことが、これから先の未来を作ると思えているから、「現状は多分これが正解じゃない?」って。

意志ある人生を増やすために、今、自分の人生に集中する

ー今後、CRAZYとの付き合い方はどんな風になるの?

これまでと変わらず、CRAZYが描く未来を見据えながらも、ビジョンパートナーとして共に生きるつもり。お仕事も一緒にやっていく。まだ詳しくは言えないけれど、テクノロジーを使ったパートナーシップを深められる事業を作っていて。梅雨に入る前までにはリリースしたいので、絶賛急ピッチで進めているところかな。

ー今後、「これがやりたい」と思っている具体的なものはある?

まず今は、自分として生きていくために、時間を使いたい感じかな。自分の人生に集中する時間をとる。そこからまた、新しい何かが見えてくる、と思います。

また、意志ある人生を増やしたいという気持ちは変わらない。死ぬ時に“この人生でよかった”と思える人を、そう感じられる機会を一人でも多くの人に届けたい。

ずっと温めてきた葬儀の事業は、どこかのタイミングで必ずやりたいな、とは思っていますよ。大きな規模がいいから、不動産やリゾート会社と組むこととか、良いかも。ただ、大事なのは、その時を待つこと。構想が溢れ出して、止まらないタイミングが訪れるのをじっくり待つ。そして、独立をした明確な理由は、これからの時間が教えてくれると思います。

インタビュー :阿座上陽平   執筆:尾崎友紀   編集:水玉綾   撮影:澤圭太