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COLUMN

273人の社員の出身国は24ヶ国。エストニアのグローバル企業が成長のために育む風土がスゴイ

国内需要の伸び止まりを受け、多くの企業が成長戦略として「グローバル化」を掲げている。国内では社内公用語を英語にする企業が現れ、そうでなくても多国籍化を目論む企業では英語教育が盛んだ。しかし、「グローバル化」=英語ではないということは、多くの人が認識している通りである。

特に日本は、多くの駐日外国人が口を揃えて「ビジネス慣習が特異である」という国だ。そんな日本で仕事をしている私たちが事業をグローバル展開させ、成長していきたい場合には、どうしたらいいのだろうか。そのヒントとなりそうなエストニアのある企業を紹介しよう。

24カ国から社員を採用しているPipedrive

その企業とは、東欧北部の小国エストニアの首都タリンに本社があるPipedrive(パイプドライブ)というIT企業だ。エストニアでDream Employer Award 2016とBest Mobile App Award 2016を受賞した企業で、顧客関係管理とセールスマネジメントに役立つソフトウェアを手がけている。

Pipedriveの職場の様子

社内公用語は完全に英語であり、顧客にはAmazon、Skyscanner、Vimeoを始め、多数の世界的企業が並ぶ。140カ国に顧客がおり、ソフトウェアは多数の通貨に対応している。対応している言語は現在のところ15言語である。

特筆すべきは、273人という小規模な企業にもかかわらず、社員の出身国が24ヶ国に及び、その24ヶ国の人々がエストニアの1つのオフィスで働いているという点である。この多様性のある環境こそが、Pipedriveの強みである。

言語の“解釈”に影響を与える、文化の違い

私ごとで恐縮だが、筆者のフランス国籍の夫も英語を使って仕事をしている。英語には何の苦もなく、関わる日本人も英語が堪能な人ばかりだ。

ところが言葉が通じてもすれ違いは起こるのだ。たとえば何か提案ごとに対して日本人が「前向きに検討します」と言った場合、日本で育った人ならば「喜ぶにはまだ早い」と考えるだろう。けれど夫は筆者が捉えるよりも少しだけ期待が大きく、断られて落胆することも多かった。小さいことではあるが、こういった小さなすれ違いは枚挙にいとまがなく、積み重なると大きな誤解が生まれる。

じっくり話すための快適なスペースもオフィス内に整っている

もちろん文化の違いがある相手でも対面でじっくりと向き合ったり、相手の国が1ヶ国であったりするならばトライ&エラーの中から対応できるようになるだろう。しかし、多数の国の人を相手にしていたり、遠隔地からネットを通じてコミュニケーションをとっていたりする場合は、こういった文化の違いは関係性構築を阻害する致命的な傷となってしまう。

Pipedriveも創業時はエストニア人だけを採用していた。みな英語を話し、海外経験も豊富だった。けれど、文化の違いから顧客のニーズが掴みきれずに失敗したという経験があった。

その経験をうけて、グローバル企業を目指すPipedriveは多国籍で多様性のある環境を持つことになったのだという。顧客と文化を同じくする社員であれば、言語だけでは掴みきれない微妙なニュアンスも把握できるのだ。

現在、Pipedriveではエストニアで最もブラジル人を雇用している企業であり、顧客もブラジル人が最も多いという。

アイデアや技術よりも「人」を重視

この多国籍な社員という点からもわかるように、Pipedriveは誰と仕事をするかを非常に重視している。それは、「Pipedriveの肝の99%は人である」と考えているからだ。

Pipedriveの顧客関係管理とセールスマネジメントに役立つソフトウェアはユーザー目線で作られ、利便性が高いことで人気だ。しかし、商品のアイデアや技術だけではビジネスを世界規模にしていくには不十分だとPipedriveでは考えている。

また、素晴らしいアイデアや技術を、ふさわしくない人やチームに任せる時よりも、そこそこのアイデアや技術をふさわしい人やチームに任せた時の方が良い結果が生まれてきたという実績がある。

加えて、傍目には楽しそうに感じる多国籍な職場環境も、仕事で付き合う上では楽しいだけでは済まないことも多いはずだ。前述したように、文化的背景から生まれる些細なすれ違いは、積み重なれば大きな亀裂となりかねないからだ。

アイデアや技術よりも「人」重視であり、かつ多国籍な職場となると、採用がビジネスに大きな意味を持ってくる。Pipedriveは試行錯誤の結果、以下のような方法を取り入れている。

 

1.多数の面接

職種にもよるが、面接が多い。インターンは4回でも、人事部の採用は少なくとも9回。エグゼクティブクラスの時には少なくとも20回面接をしたという。ときには1日に2回、別の相手と面接をしたりするようなこともある。

Pipedriveの選考中に、別の企業にも応募している候補者もいるが、長い選考でもPipedriveの雰囲気を好きになり、「プロセスは長いけれど意味がある」と感じる候補者は残ると考えている。

2.動画での自己紹介

オフィスマネージャーなど特定の職種の候補者には選考の初期の段階で、応募者に自己紹介動画を撮ることを依頼している。文字情報のやりとりとは違い、動画は実に多くの情報を見る人に伝えるからだ。

3.サプライズタスク

オフィスマネージャーの採用時には、実際にオフィスに入って問題を解決するために社員に質問させたり、候補者では絶対に答えられないような商品知識に関する質問をして、社内で誰かに教えてもらうように伝えたりと、予期できないような課題を与えることもある。

4.パブリックプレゼンテーション

プロダクトマネージャーやデザイナーの採用時には、課題を設定し、候補者にその課題を解決したうえでプレゼン資料を準備させ、来社時にプレゼンをしてもらうという選考を行なっている。プレゼンを聞くのは、その候補者に興味を持った社員だ。一度に複数の社員が候補者の人柄や能力を判断できるので便利だという。

こういった選考を通じて確認しているのは、優秀な人材かどうかはもちろんのこと、「Pipedriveの価値基準と合うかどうか」だ。Pipedriveには6つの価値基準がある。選考過程でPipedrive側も見極めるが、最終面接では候補者に「この価値基準と合っていると思うか」と質問をする。

Pipedriveが大切にしている6つの価値

その価値基準とは、1)内発的な意欲があり、2)偉大さのために挑戦し、3)言い訳をしないこと。また、4)最初にチームを考え、5)学ぶ準備ができていて、6)毒を吐くなどして他の人の日々を台無しにしないことの6つだ。

必要な能力が備わり、上記の6つの価値基準が合っていれば、それ以外は色々な人がいていい。こういった考え方で、Pipedriveは収益を毎年倍増させるような多様性ある人的環境を整えている。

Pipedriveが育む風土

Pipedriveには「失敗は財産である」と見なす風土がある。採用時にも、「失敗は財産だ」と捉えられる人材かを見極めている。

ところが日本人候補者の場合、今までの失敗談を面接で聞いても「純然たる失敗話」ではなく、「失敗に端を発した成功話」をしてしまうそうだ。短所を聞いた時も同様で、言い回しで短所らしく見せかけた長所を語ってしまう。「繰り返し何度も聞かないと本当の失敗や短所を言いません。残念なことです」と、採用担当は嘆く。

Pipedriveの創業者の一人、Urmas Purde

「失敗は財産である」とPipedriveが考えるのは、創業者を含めて全ての社員に失敗体験があり、それが財産になっていると感じているからだ。こういった企業風土があると、多様性ある職場環境は大きなメリットをもたらすはずだ。意見や発想の相違があっても、衝突を恐れず、そこから生まれた大胆なアイデアに挑戦できるからだ。

Pipedriveを生み出したエストニアという国の風土

Pipedriveは、こういった企業風土を作ることで、世界を股にかけた仕事をしている。そしてこういったPipedriveが生まれたのは、エストニアという国の風土があるからかもしれない。

エストニアは1991年、ソ連の崩壊とともに独立した国である。バルト三国の中でももっとも小さく、人口も130万人と沖縄県よりも少なく、他国からの支配にさらされ続けた歴史を持つ。

国家制度を立ち上げる際、「再び国家が他国に支配されるかもしれない」と危惧したエストニア政府は、電子政府と国民ID制を導入した。将来的に再び国家が支配されて物理的に国家が消滅したとしても、ネット上で一つの国民として繋がれるように、という狙いがあったという。

今やエストニアはブロックチェーンを活用してすべての行政サービスの99%がネット上で完結できるという世界最先端の電子国家・クラウド国家となっている。

こういった国家を挙げたIT化があり、IT教育も充実していたからこそ、エストニアからはSkypeなどITベンチャーが多く生まれた。国民一人当たりのスタートアップ数が欧州最多であり、国内需要だけでは規模が小さいため、そういった企業は常に国際化を目指している。次なるシリコンバレーを目指して欧州で加熱する起業家誘致合戦に、一歩抜きん出た存在だ。

そのため、エストニアには優秀な海外の人材が集まりやすく、エストニアから去りたくない人も多い。こういったエストニアという風土にあって、Pipedriveが魅力的な企業であればあるほど、多国籍の優秀な人材をエストニアにいながらにして得られるのだ。

企業には風土作りが必要である

Pipedriveがよいサービスを提供するために社内で作り出す風土と、エストニアがPipedriveを育む風土。ビジネスが生まれる風土作りというのは、非常に大事なものである。


フリードリンクのカフェ等もある。が、社員は「そんなものよりもPipedriveの肝は社員だ」と胸を張る。

Pipedriveと提供するサービスが異なるCRAZYは育む風土も異なるが、CRAZYも風土作りを非常に大事にしている。CRAZYが重視にしているのは「一人の人間としてどう生きるかを考えること」、「生きることと働くことの境界を作らないこと」など。こういった組織風土を育んでいるからこそ、お客様の人生と嘘偽りなく向き合うことができ、CRAZY WEDDINGという完全オーダーメイドの結婚式を提供し続けることができるのだという。

一つの商品・サービスが生まれ、多くの人にそれが喜んで受け入れられると、あっという間に多くの企業が参入して同種の商品・サービスが量産され、普遍化されていく。こういった変化の早い時代にあって、企業が成長するためにすべきことは商品・サービスを生み出すことだけではないし、単純にグローバル化を目指すことでもないだろう。Pipedriveを見ると、成長の鍵は商品・サービスが常に生み出されていく風土を育むことなのではないか、と感じるのだ。

取材協力:Pipedrive
取材:吉戸翼
参考:PipedriveWikipediaエストニア外務省エストニア共和国基礎データ

FELIX 清香
Sayaka Felix

greenz.jp、Pouch、「ソトコト」等のWEBマガジン、雑誌での執筆や書籍構成、オウンドメディアの立ち上げ等を行なっている。国際交流やエシカル、児童文学、体感型アートに興味あり。プライベートでは、Give & Takeではなく、Give & Giveで経済が回るかどうかをさまざまな取り組みで実験する「ギフト経済ラボ」のメンバーとして、カルマキッチンというカフェイベント等の運営に参加している。

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