Crazy Magazine

INTERVIEW

勝気な私がCRAZYにインターンをして知った、本当に大切にしたかった2つのこと

ずっとスーパーマンになりたかった。


私が幼いころから、英語をつかって常に仕事をしながら子育てもする母を、ずっと見てきた。男社会の中でも自分のやりたいことに挑戦し続ける母は私にとって、かっこいいスーパーマンだった。


そんな母みたいなスーパーマンになりたくて、いろいろなことに挑戦する日々。


高校生のときから大学生に混ざってたくさんの企画に手をあげ、大人の前でプレゼンをしたり、興味のある分野の方にコンタクトをとって話を聞いたり、ボランティアスタッフとして活動したり。


大学生になってからは、成績優秀者に選ばれるほど無我夢中で勉強をした。他にも学校内では高校生に向けて学校紹介をしたり、学校外では女子大生と子育てママのつながりをつくる活動をしたり、サマーインターンはもちろん、広告関係の長期インターンもやっていた。

 

周りには「いつも楽しそうだね」「さすが奈々だよね」
そんな言葉をかけられることが多くて、私は幸せなんだと思っていた。


でも、当時1番入りたかった会社から内定の話が出たとき、ふと我に返った。


「あれ、私、本当にこの会社でいいんだっけ?」


満たされた感覚のない人生



自分の知っている自分の世界の中でしか生きていない感覚を、ずっと持っていた。


何をしてもいつもエネルギーが残っている感覚。
自分の成果に120点の評価をつけることができなかった。


決して一生懸命やっていないわけでも、手を抜いているわけでもない。
でもいつも達成感も満足感も80点くらい。
成果を出した先に見る景色は見覚えのあるものばかりだった。


だけど周りはそんな私の成果に高い評価をつけてくれる。


その評価を維持しないといけないと勝手に思い、自分にプレッシャーをかけ続け、窮屈になっていく自分の世界。


だから、成果に対する評価が高くない人を羨ましく思うことも少なくなかった。
評価が高くなければ、何をやっても信頼がなくなることはない、「またあいつだよ」「本当に仕方ないなあ」そうやってみんな笑ってくれる、そう思っていたからこそ、そんな人たちがとても自由で羨ましい存在だったのかもしれない。


「低い評価を受ければ自由になれる」そう思いつつ、私には勇気がなかった。
約束を守らなかったら、ある程度の成果が残せなかったら、きっとみんないなくなってしまう。私は呆れられて、見捨てられてしまう。怖かった。


だから「みんなが喜んでくれるからそれでいい」と自分に言い聞かせて、日々「安定」という道を選び続けてく。

いつしかスーパーマンに憧れる純粋な私は消えていた。


 

自分の心の声を聞いて進んだ道



そんな私が就職という人生の一つのターニングポイントを見据えたとき、初めて自分の声を無視できなくなった。


「自分が納得する120点の成果を出したい」


自分の知らない自分、知らない世界を見てみたかった。
自分が絶対に価値があると胸を張れるものを世界に発信していきたかった。


そして今振り返ると、「今ここで変わらなければきっと私は一生、80点の成果を出すことしかできなくなってしまう」そんな想いが何よりも強かったと思う。


自分の限界を超えたい。ただただ、それだけだった。


でも当時の私は120点の成果を出す方法すら、もうわからなくなっていた。
今までも力を抜いていたわけではない。自分の中では必死で努力をしてきたつもり。
でもいつもどこかで安定に引っ張られ、挑戦しきることのできない自分がいた。


そんなときに出会ったのが、CRAZY* 1 の平林和樹さん* 2 (通称ぽぽさん)だった。
当時のぽぽさんの印象は、新規事業のリリース直前で、いろいろなことに奮闘しながらも、誇らしげに満足そうに自分の人生を話す、かっこいい大人。


ぽぽさんの言葉が、今私がCRAZYでインターンをしているきっかけになっている。
「奈々ちゃん自分で気づいてるから率直に伝えるけど、次のステージに行くべきだよ」
「CRAZYなら、奈々ちゃんが自分の限界を超えるか諦めるかの二択しかない。それだけは俺が保証するよ」


「そんな二択ある???? しかもそれを保証するの?」衝撃だった。
でも「私今ここにコミットしなきゃ絶対に後悔する」「ここで120点の成果を出し続けられる自分を手に入れたい」そう思って、CRAZYのインターンに挑戦することを決めた。


相手がどんな立場の誰であっても理想を求める組織



私の「自分が納得する120点の成果」をCRAZYの言葉で置き換えるなら、それはきっと「理想」だろう。


CRAZYに入るまでここは「仕事のできる大人たちが自分の理想を語り、その理想を大切に生きている」そういう組織だと勝手に思っていた。「仕事ができるから理想が語れるし、仕事ができるから理想を形にできる」のだと。


だからCRAZYに入って最初に「奈々ちゃんの理想は何?」と聞かれたときは戸惑った。


仕事もできないのに理想を語ることはかっこ悪い=良くないこと、と勝手に頭で解釈していた私には、「みんなが理想を追求できるのは、そもそもそれを形にできる能力があるからで、私はまずその能力を鍛えないと何も言えない」そんな思いが募るばかり。


でもほぼ毎日オフィスに行き、彼らが仕事をする姿を見たり、仕事やお客様に対する想いを聞いたりする中で、決して彼らは初めから能力があったわけではなく、「全てはお客様のために」という真っ直ぐな想いを持って、必死に進んできたからこそ今の姿があることを知った。


そして今だって、決して簡単に理想を形にできているわけではなく、日々、地道にコツコツと努力を積み重ね続けていることを知った。


お客様のために必死で、泥臭く走っているからこそ彼らは結果を出し、理想を形にしたとき、達成感や喜びで溢れ、どんどんパワーアップしていく。


彼らと一緒に過ごす中で「私も自分の理想を形にしたい」いつしかそんなことを口にするようになっていた。


そんなふうに理想を形にしたいと思う一方で、現実の私はタスクに追われる毎日。
「提出期限を守ることが絶対」「何よりも大切」と、ずっと思って生きてきた私は、自分が納得していないままこの記事を提出した。
「これが今の私の理想だ」そう自分に嘘をついて。


タスクがひと段落した日の帰り道、私の心はモヤモヤで埋め尽くされた。
原因は考えなくてもわかっていた。


心も頭も記事のことでいっぱいで、とても他のことを考えられない。
「もう一度書き直してみようかな……」そんな気持ちで家の扉を開ける。


コートを脱いでポケットに入っていた携帯を取り出すと、先輩から記事のフィードバックのメールが届いていた。


「なんて言われるかな……」そう思いながら、恐る恐るメールを開くと、そこには、とても率直で厳しい、でもとても丁寧に書かれた言葉。


「次は奈々ちゃんが納得したときに提出して」その言葉に全てを見破られている気がした。


 

ありのままの自分と向き合い、理想を胸に生きる



記事のフィードバックを境に、期限に追われながら出した全てのタスクに「これが奈々ちゃんの理想なの?」というフィードバックが返ってきた。


そのとき初めて、私は今、理想を追求したいと思い、理想を追求できる環境にいるにも関わらず、自分の理想を追求することを放棄していたことに気がついたのだ。


自覚があった記事も自覚がなかった他のタスクも理想を追求して、再度取り掛かってみたら、すべてのアウトプットが全く違う形になった。


能力がなくてやれなかったわけではなく、自分が理想を求める姿勢で挑んでいなかっただけ。そんなことを感じて、「こんな私が理想を追求したいなんて言えない……」「きちんとした成果を出さなきゃ……」そんな焦りばかりが強くなっていく。


そんなとき一人の社員の方にかけられた言葉。
「人間は怠け者で、忘れる生き物だからね」


初めて肩に力が入っていたことに気がついた。
「成果を出して価値のある存在にならなくちゃ」と思っていた自分にも気がついた。


それは、今まで「怠けるな!」と鞭を打ってきた自分の手を止めて「怠けてしまうのも私なんだ」「怠けてしまうのは私だけではないんだ」と、自分の嫌な部分を認められた瞬間だったと思う。


自分自身の嫌な部分を認めたら、心はとても軽くなる。


そして、「私は理想を追求し続ける」と覚悟を持つことで、鞭を打たなくても進んでいける方法を見つけ、どんなアウトプットにも「これは本当に私の理想?」と問うことで、理想を追求できることを知った。


完璧じゃない、できないことだって、怠けてしまうことだってある。


重要なのは、目を背けたくなってしまうような自分を見つめ、そんな自分の存在を認めた上で、自分がどんな選択をしていくのかだ。


私はこの記事を書き上げるために、文字を書いては消し、書いては消しを、もう何度やったかわからない。
移動時間も入浴時間も、考えられる時間があるときは、常に記事のことを考える日々。


私が今、この記事に時間をかけ、一文一文こだわりをもって書いているのは、締め切りに追われているからでも、先輩に言われたからでもない。


この記事を書いているのは、自分の理想を追求しきりたいからだ。


「自分自身がこれが120点だと胸が張れるまで突き詰める」

納得できないのなら、納得できるまでやる。

120点の成果を生み出すために、今の私ができることは、自分が納得するまでやりきること。

ただそれだけだと、気がつくことができた。

そしていつからか忘れていた憧れを、また改めて抱くようになっていた。

「私は誰もが自分の人生に誇りを持って生きる世界を見るために、自分の理想に挑戦し続ける、スーパーマンになる」

今はまだ方法はわからない。でもきっとできる気がする。


* 1 株式会社CRAZY
2012年7月設立(当時の社名はUNITED STYLE)。「健康を第一に考える」「人間関係を大切にする」ことを経営の第一、第二優先に掲げ、理想の働き方を現実に体現している。

* 2 平林和樹さん
ヤフー株式会社に入社後、広告エンジニアとして経験を積み、特許や社内MVPを取得する。その後単身カナダへ一年間渡航したのち、50社以上の中小企業のITコンサルティングを経て、株式会社CRAZYに参画。現在はCRAZYのグループ企業である株式会社WHEREの代表取締役社長。

高山 奈々
Nana Takayama

2017年2月から株式会社CRAZYにインターン生として参画。ありのままの姿で理想を追求するメンバーの生き方に衝撃を受け、自らの生き方を問い直す。「さらに理想とする世界をみたい」という思いから、2ヶ月間の予定だったインターンを継続することを決意。

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