Crazy Magazine

CULTURE

にっぽんの「おいしい」をつなぐ。

高層ビルや繁華街はなく、地下鉄も通っていない。
夜に輝く街灯はほんのわずかで、
深夜まで営業するレストランは見当たらない。
都市にはあるあらゆる利便性や娯楽性が、ここには、ない。
夜は眠るように静かなまち。
そんなこのまちが、私は好きだ。


田園からシラサギが大きな羽を広げて青空へと舞う。
その美しさにため息をこぼし、凪いだ海に心癒される。
香りを帯びた風に四季を感じ、
風が麦穂を波打たせて遊ぶ姿に、つい笑みを浮かべる。
都市にはないものが、ここには、揃う。



CRAZYを退職し、このまちに戻って半年が経つ。
年の瀬のある日のこと。ふと思った。
「そろそろ緋のカブを漬けるころだ」
正月に欠かせない、愛媛ならではの味。
1年前は東京にいて、食べられなかったあの味。
あの色、あの匂い、あの漬け込み風景も。
思い出したら無性に恋しくなった。


ところで、私はおばあちゃん子。そして、おばあちゃんマニアだ。
地元のおばあちゃん情報には目がない。
近所のおばあちゃん同士で、毎年緋のカブを漬けているという情報も、収集済みだった。
その中心人物、コズエさんをすぐに訪ねた。


「あらー、陽子ちゃん! 久しぶりじゃがね。どしたん?」
「コズエさん、緋のカブ漬け、今年はいつ作る?」
「明日やがね! あんたいいときに来るもんやね」

そう言ってにっこり笑うコズエさん。
翌日、緋のカブ漬けづくりに参加させてもらう約束をした。


 

緋色に込められた想いと知恵



day01


「おばあちゃんの朝は早い」を目の当たりにする。
約束の時間のずいぶん前にスタートした作業。


作業場は、コズエさんの納屋前。みんなでコンテナを椅子にして腰掛ける。
まずは、カゴに山盛りになった緋のカブの下ごしらえ。


緋のカブは、根の表面と茎が赤いのが特徴。赤カブとは異なり、アントシアニンという色素を多く含む。寒さに強く、暑さに弱い。水はけが良く、適度に湿気のある砂壤土で育つ。
「松山城が見える畑でないと育たない」とも言われるほど、限られた場所でしか採れない野菜だ。


「緋のカブは病気にかかりやすいんよ。今年は雨がようけ降ったけんね。こんだけしか採れんかった」
「ほんでも、できただけよかったやん」
「ほうよ。小さくてかわええしな」


そう言って、おばあちゃんたちはひとつひとつ丁寧にカブの汚れた部分を取り除いていく。



汚れを取り除いたら、輪切りにして漬け物桶へ。
塩をふってフタをし、この日の作業は終了。
2日間寝かせた。



day02


やっぱりおばあちゃんの朝は早い。
もはや集合時間は目安でしかない。


さあ、今日は本漬け。
漬け物桶のカブをネットに入れて、「ぎゅっ」 としぼる。
ちなみに、おばあちゃんたちの愛用は洗濯ネットだ。



「昔はみんな蒸し布でしよったけどね。誰かが『これがええ』って言い出して変えたんよ」
生活の知恵やライフスタイルで、伝統は少しずつ変わっていくものだ。


脱水したカブに砂糖、 酢、 カブス*1、唐辛子を合わせる。
カブはみるみる鮮やかな緋色に染まっていく。
カブに含まれるアントシアニンが、酢の酸と反応して天然発色するのだ。
みかん王国・愛媛にふさわしいカブスを使うことが、さらにカブを緋色に染め上げる。


気温15度以下の環境で育った緋のカブでないと色がつきにくいとも言われ、季節が巡らなければ、この緋色には出会えない。まさに自然から授かる恵みの色だ。


漬け込みが終わるのは1週間後。その日を待ちわびた。



day03


漬け物桶のフタを開けると、広がる甘酸っぱい香り。
見慣れていても「人工着色料、入れました?」と聞きたくなるほど派手やかな緋色。


「ようでけた」


おばあちゃんたちは、顔をしわくちゃにして喜ぶ。
緋のカブを袋詰めしながら「離れて暮らす家族から 『今年はまだ?』 って催促されるよ。懐かしいふるさとの味なんやて。作り続けんといかんね」と話す。


保存食として、お正月に欠かせない華やかな縁起物として、昔から重宝されてきた緋のカブ漬け。おばあちゃんたちが伝え残そうとしているこの味には、自然の恵みに感謝しながら食生活を営んできた、先人たちの想いや知恵が込められている。


大切な人の健康と幸せを願う味


緋のカブ漬けのお土産をいただいた。
帰り際、コズエさんに誘われた。


「ほうよ、陽子ちゃん。今度小学校で『りんまん』と『しょうゆ餅』作るんよ。おいで」


小学校の家庭科クラブで、行事食を教えるのだと言う。
「ぜひ!」と答え、当日懐かしの母校へと向かった。


りんまんもしょうゆ餅も、この地方で江戸時代から桃の節句に親しまれた餅菓子だ。
昭和初期までは、どの家庭でも作られていた。


りんまんは、こしあんを餅で包み、上に色つけした餅米を飾る。
程よい甘さのあん、上新粉の粘り、餅米のつぶつぶ食感が絶妙なハーモニー。
しょうゆ餅は、上新粉の餅に、しょうゆと生姜をほんのり効かせた上品な甘さが癖になる。


先生が子どもたちに聞いた。


「りんまん、食べたことある人?」
(誰も手をあげない)


「じゃあ、しょうゆ餅は?」
(3人が手をあげる)


長く親しまれた餅菓子は、家庭で手作りがされなくなっただけでなく、食べられなくなっているようだった。


味も、どんなときに食べるかも知らない子どもたちに、コズエさんは話した。


「りんまんも、しょうゆ餅も、私らが小さいころは毎年、おひなさんの時期になると、おばあちゃんやお母さんが作ってくれました。お手伝いして一緒にも作りました。ここらでは、おひなさんが4月3日です。ちょうど桜が咲く時期。家族みんなで、お弁当、りんまんとしょうゆ餅を持ってお花見に行って食べました。幸せでした」



「じゃあ、一緒に作っていこかね」


おばあちゃんたちによって手際よく段取りがなされ、進んでいく工程。


子どもたちはじっと見つめている。
やがて、おばあちゃんたちから次から次へと、子どもたちに指令が飛ぶ。


「あんこ入れて丸めて」
「上にこの餅米つけて蒸し器に入れて」
「熱いよ! ほんでもすぐ丸めて手のひらで押さえて。箸でこうして模様付けて」


実際にやって見せる。子どもたちは一生懸命ついていく。


「おもしろい!」
「これ、合ってる?」
「できたできた!」


子どもたちの瞳はキラキラだ。


小さな手で作られたお餅が、大きな蒸し器に並べられていく。
あっという間に蒸されて出来上がり。


「うわー!」
「きれい!」


歓声があがる。


「できだちがおいしいけんね。はよ、お食べ」


そう言われて、みんなでパクリ。


「おいしい!!」


次から次へと笑みがこぼれた。


ひな祭りでなければ食べる機会がない、りんまんとしょうゆ餅には、味や調理法に新鮮さがある。
子どもたちは「おもしろい」と言って作り、「おいしい」と言って笑顔で食べた。


昔から「食」を大切にし、「食」に感謝してきた日本。
相手の幸せを願う心遣いをしてきた日本。
その文化に触れるからこそ、感じられる「おいしさ」がある。



CRAZYは日本を継承する経営をしている。
例えば、四季折々の文化行事を全員で楽しみ、日本古来の食生活を社員の健康管理に生かすなどだ。


春にはお弁当を持ってお花見に出掛け、夏には流しそうめんを食べ、花火に浴衣姿で心躍らせる。秋には神輿を担ぎ、冬至にはかぼちゃを食べ、節分ではみんなで豆をまいて、恵方巻にかぶりつく。
毎日のごはんには、玄米と少し濃い味のお味噌汁が欠かせない。


なぜ冬至にかぼちゃを食べるのか。なぜ少し濃い味のお味噌がいいのか。
自然とそんな話が生まれる。


家族や仲間と囲む食卓や行事食から、私たちは四季の移ろいや、自然と共存することの大切さを知る。そして、大切な人の健康と幸せを願う想いを感じとる。


長き、尊き、想いのリレー

 

2013年、和食が世界無形文化遺産に登録された。
テレビ番組で、「なくなりそうなものを保全するから遺産」と解説者が言っていて、確かにそうだと思った。


登録されたのは、寿司や天ぷらなど、料理そのものではない。
四季が明確な日本には豊かな自然があり、そこで生まれた食文化は、これに寄り添うように育まれてきた。「自然を尊ぶ」日本人の気質と、食に関する「習わし」が、「和食:日本人の伝統的な食文化」として、ユネスコ無形文化遺産に登録されたのだ。


冷凍、インスタント食品、電子レンジなどが開発され、食生活の効率・利便性を飛躍的に向上させた。だが、代償は少なくないのかもしれない。

 

生きることは、お腹が減ること、食べることの繰り返し。
繰り返しだからこそ、日々の「食」について大げさに捉えることを普段あまりしない。


でもいえることは、日本人の伝統的な食文化は、美しく、豊かで優れているということ。
そして、郷土の味が、母の味が、今の自分をつくってきたということ。



日本に生まれ、日本に暮らす私は、
どう生きたいだろうと考えてみる。
この恩恵に感謝し、次の世代につなげる生き方を、私はしたい。


コズエさんにもらった緋のカブ漬けを食べるたび、あたたかい気持ちになる。
それはきっと、長きに渡り、自然の恵みに感謝し、家族の幸せを願い、尊い命をつないできた人々の知恵と想いが凝縮されているからだろう。


ふるさとの味に触れて、どんなときも人の心を動かすのは、人の想いだと強く思った。
想いを感じて、想いをつなぐ人に、私はなりたい。
長き、尊き、想いのリレー。その走者の一員になれる喜び。


それは、CRAZYの卒業メンバー*2である私が、
こうして記事を書く喜びとなんだか似ている。


想いを感じて、つなぐ喜びを、あなたにも。
バトンはつながると信じて。
(Text & Photograph /高橋陽子)
CRAZY WEDDINGで結婚式を挙げ、2015年にCRAZY WEDDINGのプロデューサーへと転身。愛媛から単身上京。「家族を、故郷を大切にしたい」という想いから2016年退社。現在は、愛媛に暮らしながら、GALLERY WEDDINGのプロデューサー・FEEL THE CRAZYの編集者として、CRAZYと関わり続けている。

 

脚注
カブス*1:
橙(だいだい)の一種。酸味強く、酢の代用として料理に使用される。旬は11~12月だが、樹上で落下することなく、一年中実を付けたまま年をまたぐことから、先祖代々(だいだい)と掛けて、縁起が良い果物として古来、正月の注連飾りに使われている。

卒業メンバー*2:
CRAZYは、自分の理想の人生を歩むために、自分の意思で集まる場所。よって、退職は悪いことでなく、最も悪いのは、自らの意思を失い続けることだと考える。究極を言えば、CRAZYがめざす世界に退職という概念はない。ずっとつながる家族のような存在だという想いを込めて、退職者を「卒業メンバー」という。場所が変わっても、自分が主役の人生を手放さないスタイルは、メンバーと共にあり、変わらないからだ。

 

高橋 陽子
Yoko Takahashi

「OVER THE BORDERの新婦です」の一言で、CRAZYを取り巻く人に認知してもらえるありがたい人生を送る。GALLERY WEDDINGプロデューサーと、FEEL THE CRAZY編集者と、少しのフォトライター業と…。わらじを何足履けるか冒険しながら、大好きな愛媛暮らしを満喫中。

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