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INTERVIEW

【後編】CRAZYは「ウェディング」だけじゃない。5年で100億の成長を目指す、2人の事業責任者に迫る!

こんにちは、編集・ライターの水田です。CRAZY WEDDINGというサービスは知っていても、株式会社CRAZYのことを知る人は、まだまだ一握り。style for Earth(=誰もが地球に生きる人間として、より自然な生き方ができる世界)という壮大なビジョンのもと、5年で100億の成長を目指していること*1は、残念ながらほとんど知られていません。だからこそ、立ち上がったこの企画!

前編では、CRAZY WEDDINGに次ぎ創業2社目の株式会社CRAZY KITCHEN代表・土屋杏理(以下、土屋)と、3社目の株式会社WHERE代表・平林和樹(以下、平林)に聞いた、事業設立のエピソードをお伝えしました。後編では、彼らの知られざる苦悩についてお伝えします。

プロフィール
土屋杏理(Anry Tsuchiya)
株式会社CRAZY KITCHEN代表
新卒で広告会社に入社。営業として、アパレル会社や大手飲料メーカーを担当し、多くのTVCM・グラフィック広告の制作、商品ブランディングに携わる。7年間の勤務後、自身のウェディングをきっかけに同社を退職、CRAZYへ創業メンバーとして参画する。CRAZY WEDDINGのトッププロデューサーとして活躍後、自身の動物や食べ物に対する価値観から「食に関わるすべての命が輝く仕事をしよう」と、2015年1月にCRAZY KITCHENを創業。

平林和樹(Kazuki Hirabayashi)
株式会社WHERE代表
ITの大企業に入社。高い給料と評価を受ける中で「自分がやっていることは誰かを幸せにしているのか」という疑問を抱き、退職し、海外での生活を経て起業を決意する。ITコンサルタントとして20社以上の中小企業に携わる中で、CRAZYと出会い社員が10名規模のタイミングで参画。ウェディング事業の業務プロセス改善、及び、システム開発に従事し、新規事業部へ異動。株式会社WHEREを創業し、「文脈のある出会いを通じて、地域と人のつながりにイノベーションを起こす」ことをミッションとして、固定のオフィスを持たず、各地域に中期滞在しながら、地域の課題解決を支援し、地域活性化に携わる。

前編はこちらからどうぞ:
【前編】CRAZYは「ウェディング」だけじゃない。5年で100億の成長を目指す、2人の事業責任者に迫る!

 

泥臭く、形の無い商品を売った創業期

水田:もともとCRAZYでどんな仕事をしていましたか。

土屋:CRAZY WEDDINGのプロデューサーをしていました。当時はいわゆる個人商店みたいな感じだったの。

お客様に営業して契約が決まったら、必要物の発注からタイムラインの作成、式当日の会場設営、スタッフやクリエイターさんへ指示出までして。プロデューサーの経験は事業の立ち上げにとても近かったと思う。

水田:一般的なウェディングプランナーとは全然イメージが違いますね、経営に近いように感じます。他にもどんな経験が今の礎になっているのでしょうか。

土屋:創業フェーズにいたのは大きいなと思っていて。入社した時は5名だった社員が、今では72名になっていて。どうやって会社を大きくしたのか体感したの。会社のブランドも実績もない中で契約してもらうには「こいつなら任せられる」「こいつと一緒にやりたい」と思ってもらうしかなくて。

当時はウェディングの事例がないから「これ出来るんです! 」とは言えないわけ。ピンタレストを見せながらご提案をして(笑)。事業を作ることもそうだと思う。無いものを買ってもらうしかないから。

当時は荷積荷下しも全部自分でやってたの。良いものをつくるために荷積をしているし、次に繋げていくために、来たときよりも綺麗に掃除をした。でも、やったことがない人は「それは私の仕事じゃないし」っていう意識になっちゃう。事業を作るって泥臭いことしかないと思うから、その意識がインプットされているのは強いかな。

水田:あらゆることへの当事者意識なんですね。

平林:あと、オーダーメイドの結婚式を作る上で、プロデューサーは「絶対この世界観を作りたい」って当日を描かないといけないよね。それは経営においてビジョンを描くことと一緒じゃない? 新郎新婦だけでなく、クリエイター、スタッフや会場の方とチームを組んで形にしていくのも経営に似てる。

土屋がCRAZY WEDDINGプロデューサー時代の2014年10月にプロデュースしたウェディングの写真

俺はエンジニア採用で。最初のミッションは、業務効率をあげるためにプロデューサー業務をシステムに落とし込むことだったんだけど。大手が作っているサンプルは、2年で2億円かけたらしいんだけど、社長の森さんに「6ヶ月で作って。CRAZYは3ヶ月が1年だから」と言われて(笑)。

水田:すごい無茶振り!

平林:その概念はシステムエンジニアにはないぞと思った(笑)。結局1年かかって600万円で完成させて、今もそのシステム使っているよ。

水田:時間もお金も大幅カットじゃないですか(笑)。

平林:そう(笑)。あと入社当時の俺は、結婚式の知識は全然知らなくて。style for Earthという世界観に惹かれていたし、前の社名UNITED STYLE(スタイルを持った個人が集う場所)の価値観、思想や文化を育んで会社をスケールさせていく考えに共感して入社したんだ。

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話のテーマは、知られざる葛藤へ…

水田:そこからお二人は、それぞれ事業を立ち上げたわけですけど、実際その中で大変だったことはありますか。

土屋:私は事業を作ってやってみることは出来たんだけど、マネジメントが出来なかったことかな。作り出すトップランナーは経営者とは全く違うということが分かっていなかったの。いろんな人から「経営者とはこういう人だから」って小学校の授業並に教えてもらって、やっと理解して。

例えば、私はクオリティ追求型で結構細かいタイプだから、いろんなことが気になって口出しをしてしまうんだけど、スマイルズの遠山社長は「俺は、へ〜ほ〜よろしくしか言わないよ」って言っていて。へ〜が理解、ほ〜が賞賛、よろしくは委任っていう。

水田:その3ワードしか発言しないんですか!

土屋:松田さんに言われたことも印象に残っていて。「経営者って基本は誰にも褒められないから」って。それ聞いてすごい楽になったの。厳しい言葉ばっかり受けていると、ダメなんじゃないかって思ってきちゃうじゃん。でも、元々そういうものねって思えれば落ち込む必要はない。いろんな人に「私は間違えていたんだな」って気づかせてもらった。

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2017年にCRAZY KITCHENがプロデュースしたWORKSーSeptember partyの写真

水田:どんな気づきですか。

土屋:語弊がないようにしたいんだけど、どっちも私が作るべきものだったんだよね。サービスも会社も。私が作るのはサービスで、会社はみんなで作るものだと思って、みんなに求めてた。でも働く環境や仕事のやりがいも私が作り出してあげるものだったんだって。一緒にやる人がどうやったらパフォーマンスが上がるか、その人に合わせてこちらが変化しないといけないんだって学んだの。

平林:ほんとに難しいですよね。いろんな顔をしなくちゃいけない。モチベートする人格、冷静で客観的な人格やメンバーの話を受け止める人格…。いくつもの人格を持ってないといけないのは大変ですよね。

俺の場合はとてもシンプルで。手段を見つけるのに時間がかかった。どのマーケットで、今の時代の流れにどう乗ったらビジョンにいち早く辿り着けるのか、最短ルートを見つけるのが大変だった。

水田:何回かサービス名の変更もありましたね。

平林:CRAZY JOURNEY、ON THE SPOT、BEST BOOK、前身のWHEREがあって今のWHERE…。

水田:すごいことだなあと思って。1年で60%の会社がなくなると言われている時代に、5回も試行錯誤して。

平林:ねばった感覚はないんだ。このビジョンに近づくためにどうしたら良いかしか考えてないから「このやり方違うんだ、じゃあ違うやり方やるか! 」みたいな。実利的なところでいうと、やってる領域にCRAZYとのシナジーがあったわけじゃないから、そこの難しさもあった。3ヶ月に1度のペースでサービスを変えてたからね。

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2017年3月にWHEREが開催した「高岡ツアー」での1枚。伝統工芸品である漆器に触れた。

土屋:事業体にはなったけど、失くなってきたものはCRAZYの中でいっぱいあって。生き残ったのは一言で言うと「しぶとい」ってことだよね(笑)。

平林:うん、僕と土屋さんの共通点は「しぶとい」ですよね(笑)。撤退基準決めようぜという話は何回もあったけど、その度に達成して、残ってきて。

土屋:絶対に成功するっていう、ある種の使命感はあるよね。ここが転けたら「事業って失敗するんだ」「きっと夢でしかないんだ」って他のメンバーは思ってしまうかもしれない。だからこそ「羽ばたいていけるんだ」ってロールモデルになりたいよね。

(END)

 

人の苦悩は見えにくい。いつだってスポットライトが当たるのは、輝いた瞬間だから。

マネジメントを学んだ土屋と、手段を探り続けてきた平林。特性、強み、事業内容も違う2人に共通していたのは「しぶとさ」というスタンス。この一言には、これまで信じていたものを疑って、時に自分の非を認め、苦しくとも変化を選ぶ苦悩が込められていると感じました。

2022年までの5年間で100億をめざすCRAZYにとって、「しぶとさ」こそが必要なものなのかもしれません。これまでの成長を疑い、変えるべき部分を認め、変化を選んでいくこと。「ウェディングだけじゃない」と多くの方に言っていただける組織への道のりは、まだまだこれから。

 

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5年で100億の成長を目指していること*1
style for Earthの世界観を持ったサービスや事業を数多く生み出すことで、インサイドアウトに世界を変えていく戦略の目安として、5年で100億という目標を設定。

水田 真綾(@maya_mip)
Maya Mizuta

『CRAZY MAGAZINE』を立ち上げ、執筆・編集共に行っている。学生時代は人の世界観を形作る「メンタルモデル」に興味を持ち、「学習する組織」や「U理論」を学んで団体を創設、イベントを多数開催。趣味は、星を見て風を感じて森でお散歩をすること。愛読書はエーリッヒ・フロムの「愛するということ」。

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