Crazy Magazine

INTERVIEW

見たい景色は見にいく。自分の足で。自分の目で。自分の心で。6ヶ月の娘と挑戦したバークレー2人旅。

雨のサンフランシスコ国際空港のベンチで、私は途方に暮れていた。


左手には23kgのスーツケースと、ミルクやらお湯やらオムツやらが詰まったバッグ。
右手にはベビーカー。
背中にはノートパソコンと一眼レフカメラ1台にレンズ2本が入ったリュック。
胸には、6ヶ月の娘。


出発前に羽田空港で撮影してもらったもの。胸には、抱っこ紐でだっこされコアラのようにぴったりとくっついている娘がいる。

10時間前に飛行機に乗ったときから、さんざんに聞かれた。


「旦那様がサンフランシスコに?」
「里帰りされていたのですか?」
「ずっとあちらに住んでいらっしゃるのですか?」


ー いやいや、全くそういうわけでは。この子と、2人旅なんです。

質問攻めは入国審査でも続いた。


「じゃあこの滞在先住所は友達の家か?」
ー いや、Airbnb*1です。

「誰が空港に迎えに来てるんだ?」
ー いや、誰も。

「君は日本では現在働いているのか?」
ー いいえ(ということにしておいた)。

「2人で旅行するにはその子はまだ小さすぎやしないか?」
ー ……。そうですね、私もそう思います。


なんとか入国審査をくぐり抜け、大荷物とともに到着ロビーへ出る。まずはお腹を空かせている娘にミルクを調乳し与える。満足げに飲み終えた彼女を見届け、「さあ、早く滞在先へ行ってひと息つこう」と、はじめてのおぼつかない操作でUber*2を手配。数分で運転手から電話が入り、無事に落ち合えた。けれど、運転手が私と娘の乗車を拒否するのだ。


「カーシート*3を持っていないのなら、乗せられない」


と大袈裟に首を振りながら言う。数台手配してみたが、みんなこぞって同じセリフを言い去っていく。雨がさあさあと降る車両乗降場に、私と娘と大荷物を残して。


この荷物だと電車移動は厳しい。
タクシーは高額すぎてばかみたい。
でもUberには乗せてもらえない。


さて、どうしたものか。


旅が、幕を開けた。


 

山本ユリオ:株式会社CRAZY ブランド・コミュニケーター兼クリエイティブ・ディレクター。遠隔勤務メンバーとして徳島県在住のまま2016年1月よりCRAZYに参画。CRAZYを世の中に、世の中をCRAZYに、より的確に美しくユニークに伝える「ハブ」としての役割を担う。同年7月に第一子となる長女を出産。育児も仕事もどちらも精力的に行いたいという本人の我儘のもと、奮闘する日々を送る。


 

これは「人生を更新する旅」。そう決めて飛行場へ。


こんなにも重く(物理的に)、大変な(精神的に)思いをしてまで、この小さな子と旅に出ることを選ぶに至った、自分にとっての大切な「Why」。


それが、「これは『人生を更新する旅』である」ということ。


結局ずっと弱気で受け身な自分だった。はたから見ればそうは見えなかったのかもしれないが、自信のない自分と長いあいだ同居していたことは明らか。


CRAZYのメンバーとして徳島県という遠隔地で1人働く状況や、妊娠・出産・育児という状況を理由に、それに甘んじ、人生を創造する生産的な関わり合いや思考を麻痺させていたように感じる。「遠く離れているから仕方ない」「まだ産んだばかりだし今はすべきじゃない」。やりたいと思うのにできないことに対して、そう納得させる自分がいた。


ただ、思うのは、そうすることが間違っていたと今感じているのではないということ。どんな人も全員、そのときの自分にとっての最善を選んでいる。それは真実だと思うから。



若いころ。世の中のすべてが「はじめまして」で、四苦八苦しながらも、それはそれは刺激的でとても楽しい毎日だった。町を渡り住み、たくさんの旅をして、仕事して遊んで仕事して遊んで、歩いて歩いて出会って出会って、そしてたくさん怒られた。人としてのマナーも、仕事人としての真髄も、そうすることでそれなりに身についていったように思う。

 

いつしか(当人にそんなつもりはなくとも)、「人生に慣れ」、「うまく立ち回る」方法が身につき、怒られない術を知り、波風が立たないよう巻き込まれないように生きていた。そうすることが「自分のペースを持っていて」「スマートな格好いい生き方」なんだと思っていた。だから結局、人との関わりも、仕事との関わりも、広く浅く。効率的に失礼のないように、「自分だけはきっちり行うこと」がベストになっていた。


これじゃあまるで、人生も仕事も、ただの「こなす作業」。


あれ、なにこれ。つまらない。


「自分が追求したい生き様はこれではない」こう気づいて、CRAZYに参画したはずだった。


でも実際は、参画後も同じことを繰り返し、私は生きていたのかもしれない。


このままでは錆びつく。
自分自身の、人生の、更新を行う必要がある。


滞在先での朝。部屋に差し込むブラインド越しの陽の光。「すすめ」というサインにも感じられ、背中を押された。

それからは早かった。
人生を更新する手段として、真っ先に娘との2人旅が思い浮かび、決断した。旅が私に大切なことを思い出させ、エネルギーを与えてくれるであろうことには、確信があったから。

 

必要なものは、心が体が欲するように、人はできている。


人間の体は自分に必要なものがなくなりかけたり、なくなったりしたら、きちんとシグナルを発する。今夜の食事だってそう。明日に会う人だってそう。日々選択するものすべてそう。


その声に耳を傾けられるかどうかが、生きたいように生きゆく鍵になるのだと、信じている。
さらにはそれが「判断力」や「決断力」に繋がるとも。


例えば声を聞いてあげられないときは、お昼に何が食べたいのかにも気づけず判断が鈍る。体はどんなときも「今の私には○○が必要だよ〜」というサインを出してくれているのに。


自分の声を聞く。魂を寄り添わせて。


忙しい毎日でもそんな時間を1分でもとって、ふと自分自身の声に耳を澄ます訓練をするのとしないのとでは、違いは顕著に現れるのではないだろうか。何もがむしゃらに訓練する必要はないのだけど。


一見気ままそうに自由そうに見える人ほど、自身を律せられていて、意志を持っているものだ。


そういう人は必ずと言っていいほど、「声を聞く」時間や習慣を持っている。


とにかくこうして私も、自分の心にも体にも耳を傾けてみたところ、すぐさま「旅に出ろ」と聞こえたわけで、今、娘を抱いてサンフランシスコにいるのである。

 

滞在していたAirbnb。緑豊富な可愛らしい一軒家。


 

明らかに「旅」であり、
明らかに「暮らし」だった。
バークレーでの半月。


滞在先はサンフランシスコ湾を東に渡ったところにあるバークレーという町。そこに着いたのは日も暮れかけた夕刻。雨はしとしとと降り続いていた。


空港で途方に暮れていた私は、「私1人じゃなく娘がいるんだ」と奮い立ち、空港のインフォメーションに尋ねまくり、『エアポート・エージェンシー』とやらでカーシートをレンタルすることに成功(貸してくれたカーシートがこれまた巨大で、これ以上荷物が重くなるのかと驚愕)。やっとの思いで滞在先まで辿り着いたのである。


着いた途端に空腹を覚え、ワインだって飲みたいし、荷解きは後にしてすぐさまスーパーへ向け出発。真っ暗やみの雨のなか、知らない道を、娘を抱っこして、小さな傘をさして、進んだ。暗いし道自体がよく見えないし雨だし。しかもスーパーまでがなかなかに遠い。私の胸の中でしっかりと目を開いて、周囲を見つめていた娘の顔がとても綺麗だった。


最悪のコンディションでも、
知らない道を歩くことは、楽しかった。


「ああ、旅だ」と思った。


そう、絶対的にこれは「旅」である。けれど、昼前まで寝て、昼から夕方まではひたすら出歩いて、夜は戻ってごはんを作って飲んで仕事をする。そんな毎日。これが「暮らし」以外の何ものでもないことも、また確かだった。

 

ドアの向こうには、開かれた「外」の世界。この敷居をまたいで外へ出ることも、出ないことも、できる。


Airbnbでシャワーを引っこ抜いて壊してしまったときに修理をお願いしたり、スーパーの生肉店で200gのターキーのミンチを包んでもらったり、花屋さんで部屋に飾る用の花を買ったり、興味のある企業にノーアポで突撃訪問して事業の話をしてきたり、道端で遭遇したアメリカ人に「今日はいい天気ですね」と声をかけたり(ちなみに今さらだが、私は英語が喋れない)。


書ききれない。「挑戦」の連続。


一つ一つの挑戦は小さなことかもしれないけれど、こんなにも挑戦が集中している期間を過ごすのは、本当に久しぶり。


清々しく、小気味のいい毎日だった。


知らない道を毎日毎日、ただひたすらに歩く。ベビーカーを押して。背中にはカメラリュックを背負って。重かった。けれどもこれは「荷物」の重さではなく、私の「人生」の重み。歩き続けた。「私は今、何を感じているだろう」と自分自身に問いながら。


 

眼下にひろがる、
見たかった景色。
見にいくことを諦めていたら、見ることのなかった、
景色。


誰しもが「え! 大変じゃない? 赤ちゃんと2人で海外」という言葉を投げた。実際大変な旅で、毎日が勇気の出しどころだった。でも、「大変」なんてことは覚悟の上。腹をくくって、一瞬一瞬を楽しみ倒すのみ。


てんやわんやの2人旅を楽しく味わいながら、娘に対して強く感じたことがあった。それは、「この子にはこの子の人格があり、意志があるのだ」ということ。まだ赤ちゃんだからとか、まだ喋れないからとか、そんなこと以前に、誕生した瞬間から誰しもが持っている揺るぎないもの。それに気づかされ、想いを馳せるときが多くあった。


彼女の存在に、誕生に、改めて感謝し祝った瞬間だった。


この経験は、これからより本格的に育児を行いながら働き生きていく自分にとって、この上なく多大なエネルギーかつ自信になったことは絶対だ。


挑戦の経験を人生に持つこと。幾つも幾つも。
それが、その人間の強さになることは間違いない。

多くの制限や条件と向き合い、苦労して「会いに行った」景色。向こう岸に見えているのがサンフランシスコの街並み。右奥に写っている橋が有名なゴールデン・ゲート・ブリッジ。ベイエリアが一望できるこの景色を眺めることが、この旅における1つの目標でもあった。


帰りの飛行機で出会った、キャビンアテンダントの言葉がとても嬉しかった。


「いつか私も子どもを産んだら、私もその子と二人で旅に出ようと思いました。
お客様がとても格好よく見えたので」


実際の私は、お化粧もぼろぼろで寝不足で髪も服もくちゃくちゃで、ちっとも格好よくなんてなかったのに。


ずっと自分のためになる旅だと感じていた。
けれど、自分以外の誰かに「いつかの挑戦」を夢見てもらえる機になれたことが幸せだった。


真っ青な空にまっすぐ伸びゆく飛行機雲。心も体もますます前を向く。


 

人生は更新できる。
何度でも。


「挑戦」


この言葉を何度も聞いた2週間。
この言葉を何度も言った2週間。


必要なのに不足していた、私になくてはならないものを、
この旅が改めて伝えてくれた。


 

挑戦者であれ。


 

もしも私の人生から、この要素が消滅したら、
私は私でいられなくなるだろう。
ようく、わかった。


バークレーでは初日から数日雨続きだったが、そのあとはずっと快晴だった。
雨の日も晴れの日も両方を経験できたことが、この旅における更なる財産となったことは言うまでもない。


天気のいい日にアメリカ人と話すと、みんなが輝かしい表情で、愛おしそうにこう言っていたことが忘れられない。


ー Today is beautiful day.


 

旅は、続く。


これが、私の人生。
その人生は、嗚呼、なんて美しい。*4


 

 

(Text & Photograph / 山本ユリオ)


 

脚注
*1 Airbnb:
「エアビーアンドビー」は、2008年にアメリカはカリフォルニア州サンフランシスコで創業された、世界中のユニークな宿泊施設をネットや携帯やタブレットで掲載・発見・予約できるコミュニティー・マーケットプレイス。


*2 Uber:
「ウーバー」とは、アメリカ合衆国の企業であるウーバー・テクノロジーズが運営する、自動車配車ウェブサイトおよび配車アプリ。2017年現在、世界70カ国・地域の450都市以上で展開されている。


*3 カーシート:
シートベルトを正しく着用することができない子どもを自動車に乗車させる際、安全を確保するため身体を座席に固定する装置のこと。チャイルドシートとも呼ばれる。


*4 これが、私の人生。その人生は、嗚呼、なんて美しい。:
自身の人生におけるコピー。23歳で単身渡仏したときに自ら設定し、以来ずっと心に置き続けている言葉。


      

山本 ユリオ
Yurio Yamamoto

目の前にちゃぶ台があったらひっくり返してた勢いで、電話越しに後輩に怒り散らし、「私も怒れるんだ」と発見できたことが幸せだった最近。こんにちは新しい自分。そんな感じでひとりワインで今夜も乾杯!

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